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2011年8月

室伏広治

世界陸上のハンマー投げで室伏広治が見事に金メダルを獲得した。本当にうれしい。日本人のメダルがなかった。やっと、しかも金メダルだ。

この日の室伏はすごい落ち着きが感じられた。自信が現れていて、一投目から他の選手よりも遠くへ飛ばしていった。そうすると他の選手には焦りが出てくる。余裕がなくなるのだ。

もう37歳。本当に苦労をして今日までやってきた。それが実ったのだ。

世界陸上ではメダルがなかった。しかも金メダル。表彰式で一番高いところに立って、君が代が流れる。日の丸がまぶしい。誇りである。

100メートルの福島千里は準決勝に出れた。

決勝には進めなかったが、さすがに世界の実力は違う。前半は互角に走っていたが、後半に差が出ていた。世界の力を知っただけでも収穫だったと思う。

室伏の金メダル、おめでとう。本当にうれしい。

ボルト失格

韓国の大邱で行われている世界陸上。その目玉である男子100メートル。その決勝での出来事。優勝間違いなしのジャマイカのボルトがまさかのフライングを犯してしまった。

今回の大会から新ルールが適用されて、スタートでフライングをした場合、即失格となる。これは予選から適用される。以前は二回目からフライング失格だったが、もっと厳格になったのだ。

まさかボルトがフライングなんて誰も想像しなかった。

本人も唖然、茫然といった状態であった。厳しいルールにひっかかったことになる。

ボルトだから、こんなルールは誰が決めたんだ、と問題視するだろう。

確かに、これではせっかくの大会が魅力半減となる。100メートルは陸上の華である。ゲイやパウエルと対抗馬が次々出場できないことがわかり、大会の魅力が失われていたのに、決勝で本命不在では白けてしまう。

新ルールは見直されることはないのだろうか。

来年のオリンピックでも一発失格となるのだろか。選手にとったらすごいプレッシャーになるはずだ。

ボルトは200メートルにも出る予定なので気持ちを切り替えていい走りを見せてほしい。まさか200メートル棄権なんてないだろうと思うのだが・・・。

引退

突然の引退会見には驚かされた。タレントの島田紳助が暴力団組織の人と付き合いがあったことを認めて、潔く芸能界から引退する。ほんまに突然のことであった。

彼の話し方やふるまいには快く思っていない人も多かったように思う。上から目線で人をけなす。蔑む。人がけなされているのを見るのは心地よいものではない。

島田紳助はテレビ界では売れっ子でレギュラー番組を6つ持っていた。それをいっぺんに失ったのだが、彼の潔い振る舞いにどれだけの人が迷惑を被っただろうか。いきなりというのでなく、もう少し余裕を持たせて引退すればよかっただろうに。余裕がなかったのかな。切羽詰まった事情があったのか?

潔い引退宣言とは逆に、菅総理がようやく総理を辞めると宣言した。今は次の総理を誰にするかで民主党は動いている。たぶん前原さんになるだろう。こちらはもっとスピーディに引退してほしかった。タイミングが非常に遅れた。

早すぎる人もあれば、遅すぎる人もある。

時機に適うことのむつかしさよ。

代表選

いよいよ民主党の代表菅直人総理が退く。来週早々に代表選が行われる。誰が選ばれるのか。野田氏、馬淵氏、樽床氏、小沢氏、涙の海江田氏、、、。国民は本当は代表選ではなく、解散総選挙を願っているのではないか。

一度野党の民主党にやらせてみたらどうか。あかなんだら元にもどせばいい。ところが一度政権を取ると、4年間はない。そうやすやすと政権を明け渡すはずはない。

こんな時に大災害がやってくるものだ。皮肉である。

民主党代表選に前原氏が出たらトップで通りそうだ。ところが前原氏は外国人から献金をもらったことで、前の外務大臣を辞任している。まだ早いのではないかという意見も多い。きっと野党はそのことを突いてくるだろうから、よほどの覚悟がいるだろう。

円高、株価下落と今の日本はピンチである。政治が安定しないことがこれから先ますます経済を悪くするだろう。しっかりした人が総理となってほしい。

高校野球決勝

決勝戦は日大三高と青森の光星学院となった。日大三高の圧勝で優勝。打撃力が半端でなかった。

光星学院はピッチャーが、この日は打ち込まれてしまったが、準決勝では抑えていた。やはり破壊力のある三高には抑え切れなかったということか。

光星学院のレギュラーは全員が他府県からの野球留学だった。青森代表ではあるが、多くは大阪などの関西出身ということで、実質東京と大阪の東西決戦だ、という人もあった。

それを意識してかどうか、NHKの実況アナウンサーは光星の最後の打者を八戸出身と一言入れていた。

まあ、それでも彼らは青森の代表として甲子園にやって来たのだから青森を含め東北の人たちのために戦ったと思う。決勝に残るというのは容易なことではない。

できたら優勝旗を持って帰りたかっただろう。

今年の甲子園は早々と九州勢が消えてしまって、なんかさびしかった。昨年の覇者沖縄は1回戦で消えた。群雄割拠、本当に連覇は容易でない。

打撃が上がったせいか、投手の負担が増えた気がする。

今年の夏は終わった。来年の春の選抜に向けてと気持ちを切り替える。新しい始まり。選手のみなさん。ほんにごくろうさま。

追い越し

札幌市で車を追い越したとして、後続車が腹を立てて追い抜いた女性を殴る、蹴るの暴力をはたらいた事件が起きた。女性は妊娠していた。

車を追い抜くには理由がある。急いでいる。どうしても時間が急いていたら、前の車がのろのろしていたら追い抜きたくもなる。もちろん追い越し禁止であれば自重しないといけないことだが、たまにはそのような状況もやってくる。

急いでいるときに限って、まるでわざとしているのではと思えるような運転をする人がいる。

追い抜いた人に腹を立てる気持ちもわからないではない。

高速で走っていると、普通の制限速度で走っていても、軽自動車が悠々と追い抜いていく。普通車は追い抜かれて気分いいものではない。たまに軽トラが追い抜いている。

人の心理は微妙なもので、そんなところで現れてくる。

追い抜かれた人はクラクションを鳴らしてとめさせて、追い抜いた運転手に手を挙げた。

それはいけない。いくら腹が立っても暴力は許されない。

ハンドルを手にしたら気持ちを落ち着けて運転する。そのことを心掛けないととんでもないことになる。いちいち腹を立てていたら身がもたないだろう。

そんなに早く行ったってたいして変わりはしない。急いでいくと事故になるよ。それくらいの気持ちでいればいい。イラチの多い世の中だ。こんな事件が起きて世も末だとつくづく思わされた。

夏期聖会

 今年も夏期聖会がお盆の頃に行われた。一人だけの参加と考えていたが、今回はみんなに教会堂建設のためのお願いがあったので、夫婦で参加することにした。

一人だと新幹線とか、フェリー、あるいは飛行機と手段はいろいろあった。

二人となると、フェリー、飛行機、新幹線ともに二人分の料金が必要となる。

それだったら車で陸路を使って行こうか、と大胆にも考えた。

なぜ大胆なのか。陸路は片道約1000キロはある。おまけに軽自動車。

ちょっと大変かな。交替で運転すればいい。まあ、大変なことは承知で家を出た。すると高速に乗ると軽ではあるが、走りは普通車とそんなに変わらない。

スピードは劣るが、安定性もあるし、居住性もいい。

聖会に出た。

なつかしい顔、久しぶりに出会う顔。挨拶もほどほどに聖会は始まった。

われわれのPRタイムは二日目の夜の5分間。壇上にてアッピールしたが、みなさん教会堂建設に対して理解してくださった。最後まで完成するように祈っていただくことを願った。

4つの聖会で、岐阜の先生が「ゆるす~究極の軌跡」について説教してくださった。ゆるすことは容易なようでむつかしい。

しかし、ゆるすことが信仰生活の第一歩となる。

帰りはやはり約1000キロの道のりを交替しながら走って帰った。体は少々疲れたがこころはとても軽やかに主の恵みをたたえることができた。感謝である。

ハヨンジョ牧師

韓国のオンヌリ教会の牧師ハヨンジョ氏が8月2日に亡くなった。ある方から聞いて初めて知ったのだが、え~っと驚いた。

ハ牧師は日本を愛して、日本の救いのために尽力して来られた。ラブ ソナタと銘打って日本の各地でキリストの集会を主導して来られたのだ。

「日本に対して苦い思いがあったが、神はそのような思いが罪であることを示されました。神は日本を愛しておられます。私も日本を愛します。」

国の方針によって教育が異なる。韓国で日本に対する扱いは、日本の韓国に対するのとは違う。日本では韓国に対して悪い感情は持たない。そのように教育もしない。

お互いの交流がまだしっくりいかないのも事実であるが、ハ牧師はそのような感情を超えて、日本を愛し、日本のために身をささげてくださった。

ご自身はがんを患い、何度も入院しては手術を受けてこられた。

病はあるが、精神は健康。元気で笑顔を絶やさない。

絶えず福音宣教のことを考えて行動されてきた。日本だけでなく、世界中の人々が福音に触れてイエスを救い主として信じるように。

実に惜しい方を失った。

そのスピリットはわれわれが受け継いでいかないといけない。

訃報に接し、韓国の大統領も弔問に来られたそうだ。

神村負けた

まさかの敗退。

鹿児島勢が初戦で負けるなんて・・・。

相手は秋田のチーム。去年も出場した能代商業である。

去年は鹿児島実業との戦いで、能代商は0-15という屈辱的敗北だった。

それから一年間、この15-0のスコアを意識してリベンジを誓ったという。

同じ鹿児島県と因縁の対決。負けるわけにはいかない。

そう思うと神村は気持ち的に負けていたのかもしれない。

相手の圧力に押されてしまった。

神村のピッチャーはコントロールがよかった。それでかえって狙いやすくなったのかもしれない。

勝負は最後までわからないこと。負けて今度は神村が、そのくやしさを晴らす番となった。

鹿児島勢が消えてさびしい。

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