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断食

久しぶりに断食をした。しかも三日間丸々食べずの断食である。飲料だけは体調維持のためにしたが、今回はそれほど空腹でうなされるようなこともなかった。食べたいという欲求から解放された三日間であった。

食事をただ食べないというだけではなく、今回は食を断って、神に祈るための断食祈祷だった。僧侶が修業のために食を断ち難行苦行を課すが、あれとはちょっと違うけれども、世の欲を断ち切るという意味では似ている。修業のためではなく、あくまでも個人的願いで主に近づく手段として、断食したまで。

それで、その日が12月30日、31日、1月1日の三日間なわけで、世は大晦日や、元旦やと騒ぐころ、何も口にしないで切に神に祈っていたのだ。主に自分の教会のことや、家族、さらには地域、近隣の教会、もっと日本のために、世界の平和のためにと祈りは広げられていった。最後は何を祈ったかではなく、どれだけ神を感じ、神の臨在に触れたかになっていった。

今回はテーマとして、ローマ書を読むように示された。パウロが命をかけた福音、それはどれほどすばらしく、命と愛に満ちたものかを熱くここで語っている。キリスト・イエスのしもべとして、福音を余すところなく伝えることを生涯の喜びとした。福音を恥とせず。私の福音とパウロは福音、すなわちイエス・キリストを命として生涯を捧げた。パウロの生き様をローマ書は語っている。

三日間が終わり、2日の朝、帰り支度をしていると、この祈りの家の所有者であるM教会のT先生が様子を見に来てくださった。一緒に韓国の先生と、開拓伝道のまさにパイオニアであるN先生も一緒になって来られた。元旦礼拝の説教にN先生は来られたとのことだ。わざわざ来て交わり、祝福まで祈ってくださった。

N先生は現在73歳だが、いくつも開拓伝道されては、後進に教会を譲ってさらに開拓されている。今は鳥栖にクロスロードという教会名で開拓されているが、鳥栖は九州自動車道と大分、長崎自動車道が交差するジャンクションになっている。まさしく九州の要衝的存在になる。そして今は三階建ての物件を手に入れられて教会を作っておられる話を伺った。金は無くても信仰があれば神は祝福してちゃんと備えてくださる、そのような信仰が与えられて実に励まされた。

今回の断食で得た祝福は一言では当然言い表せないが、神の祝福があふれるほど与えられたことをただただ感謝するばかりである。

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