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2009年1月

死刑執行

昨日も4人の死刑囚の執行が行なわれた。それでも死刑判決を受けて執行を待っている人が95人いるという。最高裁までいって死刑が確定した人たちだ。日本では死刑制度に反対する人たちがいる。世界でも死刑に対する反対する意見も根強い。

しかし日本の裁判制度では死刑が最高刑となっている。死刑がいやであれば、無期懲役が一番重い刑となる。無期懲役といっても死ぬまで服役するのでなく、あるところで釈放されるのだから刑の重さからいって、これが最高刑というには問題がある。

終身刑が必要になる。懲役50年とか、100年とか。死ぬまでどんなことがあっても出て来れない。そうしないと社会に出てこられたら、また同じような罪を犯さないとも限らない。実際に執行された人は、一度服役して出所してから再犯となり、しかも殺人罪で死刑となった。

罪は罪として罰を受けなければならない。ただ罪を犯した人が本当に改心して悔い改め、心から罪を詫びるように導く必要はある。聖書は罪を赦しなさい、と教えている。それは罪を認めないのではなく、認めた上で、その人が本当に改心するように願うのである。神は私たちの罪を赦しておられる。刑法の罪は当然として刑罰が伴う。それを受けないようにしなさい、というのではない。受けるにしても罪が赦された状態で受けるのと、罪を赦されないまま、罪の重荷を背負ったまま受けるのとでは天地の差があるのだ。

神は私たちの罪を赦してくださっている。私たちも罪人を赦すようになりたい。死刑であれ、懲役刑であれ、その刑は受けないといけない。願わくば、罪赦された人として受けてほしいと願う。

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フォーリーブス

フォーリーブスのメンバー青山孝史が昨日亡くなった。肝臓ガンだったそうだ。まだ57歳であり、惜しまれながら去っていった。

フォーリーブスはちょうど自分が高校時代に活躍していた。ジャニーズの後に現れた四人組で、今のジャニーズ系の始まりを築いた人たちである。歌や踊りに魅せられて多くの若者たちがファンになっていった。

自分はそんなにファンだったわけでもないので、どんな歌を歌ったのかはっきり思い出せない。ブルドックとか、オリビアの調べ、踊り子と記事に書かれていたが、ピンときていない。思い出せないのである。

彼らと並行してグループサウンズの全盛時代であった。そちらに興味がいっていたと思う。それでも女性にはフォーリブスがすごい人気であったのはまちがいない。青山、北、おりも、江木と覚えているくらいだから。今のスマップと同じくらい人気はあったと思う。

再結成して、今も全国ツアーを行なっていたが、青山はガンが見つかり、それでもそれと戦いながらもツアーを続けていた。しかし病魔により昨日亡くなったのである。それでも歌が支えてきた。歌が好きだったから最後の最後まで燃焼できたのだと思う。

わが青春時代を思い返した。あの頃の純情な時代を思い返し、今はずいぶん変わってしまったなあ。最後まで燃焼させるものが必要だ。自分にとっては主イエス以外には何もない。最後まで主のためにこの心を、この体を燃焼し尽くしたい。そう思った。

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Happy birthday

今日は長男の誕生日だ。早いものだが25歳になる。ついこの前、おぎゃーと産まれたように思うが、あれから25年になるのか。あの時もやはり冬だった。結構寒くて雪まで降っていた。だから近所のおばあさんが「雪男」にするのかと思った、といわれたときには、ま、まさか、と言ったのだが、よもやそうなればユキオトコと呼ばれていたかもしれないな。

とにかく今日まで元気でいてくれてうれしい。誕生日おめでとう。いろいろ今までにあったが、振り返ってみれば幸いに思える。これからは社会人として、一家の長として責任もその肩にかかってくる。自分中心に世の中がまわっていないことを知ることだと思う。

自分が25歳のときは、まだ聖書学校の学生だったのか。何もわからない青二才だった。これからどうなるのかさえ、はっきりしていなかったが、何とかなるのじゃないか、ときわめてのーてんきに構えていた。

25歳になると、同級生も結婚したり、社会人になってだんだん「友がわれより偉く見える」気がしてくる。ただ自分はそういった同級生とのつながりや、交流は田舎を離れてからほとんど持っていなかったので、友の消息はわからないでいた。

田舎に戻ってから、同級生のことを知り、友はいいものと改めて思ったのだが、若い頃はそれが欠けていたなあ。

これからも、マイサン・ジョンが神さまに祝福され、豊かな人生を送りますように。南の果てより祈っていまする。

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鹿児島の魅力

昨年NHKの大河ドラマで篤姫が放送されたせいだろうか、鹿児島に対するあつい思いが今でも続いているようだ。確かに日本の近代国家を築いた人たちは薩摩や長州、そして土佐といった人たちであった。

鹿児島ではずっと西郷隆盛がヒーローとして語られている。その西郷を生かしたのは島津斉彬である。大久保にしてもそうだ。薩摩藩が台頭できたのも斉彬の功績が大きい。そして、今回、斉彬の養女として将軍家に嫁いだ篤姫の存在。多くの人はその存在すらしらなかった。日本史の教科書でも触れられることが少なかったかもしれない。

江戸城を無血開城にできたのも篤姫の命がけの働きかけがあったからだ。同じ薩摩の人同士が敵・味方として向き合うことになって篤姫も苦しかったであろう。西郷も最後に思いとどまったのは篤姫の手紙、斉彬への思い、薩摩を思う気持ちの揺れがあったからだと思う。

最後は西南の役の果てに城山で自害するのだが、敬天愛人を唱え生涯を全うした。大久保は政府に残り国のために尽くしていたが、志半ばで刃に斃れた。彼らが兄のように慕った肝付尚五郎は維新まもなくして病にたおれた。それでも薩摩の偉人たちはいまもなお輝いている。

鹿児島といえば桜島だ。堂々とした雄姿をいつも見せている。多くの人はその桜島に勇気をもらってきた。薩摩の偉人たちもまた、あの桜島のように今も雄姿を見せてくれている。

今度、高知の先生がぜひ鹿児島の偉人たちを史跡を巡って訪ねたいとおっしゃっている。土佐も魅力はいっぱいあるが、薩摩にはもっとあるのだろう。自分でも知らないことがまだまだいっぱいある。もっと知りたいと思う。

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不思議なできごと

「あたいが話しゅば、聞っきゅあんせ。」昨夜もえびの市に住んでいるTおばあちゃんから電話があった。現在92歳になるが一人暮らしで元気な方である。その話というのが、今まで目がかすんだりして見えにくかった。メガネも使っているが、見えにくかったので眼科でみてもらっていた。

ところが最近のこと、急に見えるようになって、メガネも使わずに針に糸が1回で通せるようになった。何べんやっても1度で通せるのだ。デイサービスでも実演すると同じ老人仲間からも驚きの悲鳴があがった。こんなことがあるのだろうか。自分でもびっくりしている。なんでだろう?と不思議に思えるのだが、これはきっと神さま・イエスさまのおかげだ!そう思うようになった。

それで電話をかけてこられたのだ。こちらがそのように誘導したのではない。本人がそのように思い、確信されたのである。病院に通わないといけなかったほど目はあまり良くなかったのに、今は目薬も、メガネもいらないほどよく見える。軌跡である。それで、これからは毎朝起きたら必ず針に糸を通して、「神さま・イエスさま、感謝します」と言いながらお祈りをしたい、とおっしゃった。「それはいいことです。ぜひそうしてください」。

神は育ててくださる方だ。離れているので一緒に礼拝をすることはむつかしい。けれどもわれわれの手紙や、電話での会話を通して主イエスに対するしっかりとした信仰を持ち続けておられる。育ててくださるのはまさしく神である。近いうちに実際に再会して、神の恵みを分かち合いたいと願っている。主に栄光がありますように。

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生活給付金

与党がさかんに給付金のことを訴えているが、国民にはいまひとつ人気がない。2兆円を使う割に効果があるのか疑問視されていることもあるが、本当に必要な人に給付されない危険性があるからだ。たとえばホームレスの人たち。派遣切りにあった人が仕事と住まいを失ってやむなくホームレスになったケースもあるだろう。

そういう人たちが確実にもらえるのか。あるいは高給取りの人たちが手にしてそれが目的にあった使われ方となるのか。景気回復のためなのか、生活防衛、福祉的なものなのか、はっきりしないままでここにいたっている。単に選挙のためのポーズという考えもある。

それにしてもこんなにも景気が落ち込むとは考えられない。一年前は日本の景気は上向きだった。まだまだキャノンやトヨタは期限付きの派遣労働を募集していた。大分や北九州方面だ。それが秋になるころにはほとんど期限終了にならないのに切られた人たち。会社優先なのだろうが余りにも唐突である。

トヨタ、キャノンといえば経団連の会長を出した大手企業だ。大手から率先して切られたら中小企業はもっと厳しい。このまま景気が回復しないなら冬の時代が続いてしまう。どうすればいいのだろう。生活給付金では焼け石に水だ。もっと企業にてこ入れしていく必要がある。政治家も自分の保身にばかり力を入れないで、もっと国のために働いてもらわないと困る。無駄をなくすのは当然だが、景気回復をめざして経済政策を打てる手はすべて打つ覚悟がいるだろう。

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どうなってまんの?

大相撲初場所は明日で千秋楽を迎える。大方の予想を反して、今のところ朝青龍が全勝している。今場所負けがこんだら引退、と言っていた人たちはどう釈明するのだろう。朝青龍もここまで勝ち続けることは考えていなかったかもしれない。

負けなかったという試合もいくつかあった。しかし中日が過ぎてからはかつての横綱に戻ってきている。集中力、突進力は並外れている。絶対優位、磐石といわれた白鵬のほうが、苦手な安馬こと日馬富士に痛い黒星を喫した。あのときだけは日馬富士は強かった。相性なんだろうか。ライバル心なのだろうか。

明日の千秋楽で横綱同士が戦う。白鵬は一敗しているので、本割では勝って、優勝決定戦では再び勝たないと優勝はできない。2勝することはきびしいかもしれないが、ファンにとったらどちらに勝ってほしいのだろうか。アンチ朝青龍も多いだろうが、この全勝に多くの人が驚かされているのも事実だ。内舘牧子さんや、やくみつるさんはどう評価するのだろう。聞いてみたい気もする。

ただ残念なのは横綱以外に優勝に関わる大関、関脇などがいないことだ。もうちょっと実力をつけて欲しい。3場所休んだ横綱に優勝させるなど、悔しく思わないといけない。休んでいたから力を貯えられたのか。いずれにしても明日で決着がつく。わずか数秒にかける力士たちの戦い。真剣である。

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時代の移り変わり

OHPの交換球が切れてしまったので、どこで買えばいいのかと近所の方から尋ねられた。普通に電気屋さんに聞いても置いてはいない。取り寄せてくれれば待てばいいのだが、特殊な球なのでそう簡単にはいかないのだ。

いつもだったらアスクルに注文するのだが、最新のカタログを開いてみるとどこを探しても見当たらない。前までは載っていたはずなのにどうしてやろ。仕方ないのでOHPのメーカーのホームページ開いてみた。なんとすでにOHPの製造終了となっているではないか。そして交換球のところを見ると、さすがにここはまだあった。消耗品だからないと困る。

ただ販売店を通して注文するようにと書いてあった。直接は注文できない。それじゃ、ということで、アスクルに直接電話で聞いてみた。カタログにない品も注文できるかどうか。すると、できることはできるが電話ではできない、Webサイトからログインしてネットで注文するように説明された。

そのためには会員になる必要がある。すでに会員だったのでWebの会員登録をすませて注文した。部外品は2週間くらいかかるとのこと。注文してから確かに10日目くらいに品物が着いた。やれやれよかった。電気店で頼んでもそれ以上はかかるだろうから、よかった。

OHPを使う人が少なくなってきている。プレゼンテーションには、主流はパワーポインターというプロジェクターとパソコンを繋いだものに変わってきた。パソコンもノートパソコンが格安になっているので、ますますOHPは時代遅れとなる。そう思った次第である。

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オークション

どうしてもコンポが欲しくなってチラシをみたり、ジャパネットた○たのホームページを覗いたり、家電量販店の電子版を見たりしていたが高い。4万から5万。いやそれ以上はする。安いものはもちろんあるのだが、きっとすぐにあきるだろう。音質がわるいし、迫力がない。やたらボリュームを上げたらいいものでもない。

自分のいる場所はオーディオがない。あっても古いCDラジカセで、CDは動かない。たまにどうかすると動くが新しいCDに変えるとうんともすんとも言わなくなる。カセットはローラの力が弱くなり、早送り、逆戻しができない。古いとあらゆる部品も磨耗して動かないのである。

そんなことで、CDを聞くにはパソコンしかない。パソコンの音は平たい。高音も低音も幅がないので確かに曲は聞けるが、ただ聞くだけで楽しむまでいたらない。そこで何とか音のいいコンポを手に入れたい。

それでネットオークションを考えた。登録は以前からしていたのだが、今まで参加したことはなかった。コンポのところを見てみるとDVDコンポ、CDMDコンポ、HDDコンポなど区別してある。どれがいいのじゃろか。

わが家にはCDMDコンポはある。オンキョー製品だ。CDMDコンポを見ていると結構オンキョー製品の出品が多い。それだけ使われているということか。それともオンキョーであれば買いたいという人が多いということか。

結局、昔はトリオだったケンウッドの製品を中古だけれども手に入れることにした。定価だと相当する品だが、中古とということで三分の一以下の値段で落札できた。早速、今日のこと品物も届いた。箱から取り出し組んで聞いてみる。いい音を出して鳴っている。さすがに品がいい。上には上があるだろうが、今の自分としては一番いいものと思っている。

パソコンの音とは全然違う。音楽はいいなあ。特に教会の賛美はこころ潤される。オークションもいいものだ。お互いにいい評価をしあうこともできた。幸いだ。

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えらい違いじゃ!!

たまたま家電量販店のチラシの古いのが家にあった。そしてごく最近の同じ店のチラシがあった。見比べてみて驚いた。たとえば液晶テレビの値段が大きく違うのだ。37型のテレビがおそらく4,5年前だと思うのだが、428,000円なのに対して、最近のものは、148,000円である。しかもフルハイビジョンなのだ。いかに高価なものとして前は購入していたかがわかる。

今でも高級感はあるが、どうにか庶民の手が届きそうなところまでやってきている。それでもまだわが家では昔のブラウン管のテレビである。なぜか。一つはまだきれいに映るから。それとわが地域は地デジの放送が届かない地域になっている。実際は電波は届いているようだが、正式にはまだ届かないエリアになっている。

したがって画面の右上にアナログの文字がついた状態で見続けている次第だ。別に不自由することは何もない。早く地デジ放送ができるようになればいいと思うが、なぜ一律に地デジ対応のテレビに変えないといけないのか。未だに疑問がある。こういった不景気の最中に大きな薄型テレビよりも、あったかい部屋に、あったかいご飯が食べられる環境が与えられるべきだ。

せっかくローンで購入したとしてもローンが残ったままで失業となったら最悪である。なるたけローンで物を買わないようにしたい。そう、もう少し待っていればさらにテレビは安くなるのではないか。さらに薄く、軽く、機能も充実して安くなる。一桁の値段で買える日がくることを願っている。○万円で。メーカーも大変だな。利益があがらないのでは。

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うらない

ある男性と話をした。最近付き合っている女性がいる。しかも同じ職場の女性である。それだったら今年中に結婚するのかな、と思って聞いてみると、なんと今年と来年は結婚しないと言うではないか。

なんでやねん?よく聞いてみて驚いた。有名な?人に占ってもらったら、2年間は結婚しない方がいいらしい。それで今何歳ね?30です。32までおあずけですか?私は不思議でならなかった。自分の幸せをなぜ占いなどに頼るのか。どんな有名な占い師か知らないが、信憑性があるのか。

2年待ってやれやれとなって、結婚しても今の気持ちが持続出来ているとは限らない。二人の気持ちがさめてしまうかもわからないのだ。占いに頼るのはやめたほうがいいよ。とはっきり進言したが、はてどうされるのか。

クリスチャンは占いを信じない。信じないどころか悪と思っている。聖書にまじないやうらないをしてはいけないと書いているからだ。よく今日の運勢などやっているが、みんながみんな同じ運を得られるなんてありえないことだ。それなのに真剣に信じている人もあるのだ。日本の宗教心はどんなんだろうか。

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たばこくさ!

日曜日の朝のことだった。朝は礼拝があるのでその準備であわただしい。おまけに今日の礼拝はいつもより1時間早くて9時からのスタートとなっていた。そんなあわただしい時間のうちに、玄関のドア(といってもガラス戸)にA4サイズの封筒が置かれていた。

これはメール便なので、勝手に配達の人が置いて行くのである。おやっ、なんだろう。そう思って封筒を手にしてみると大切な書類が入っている。これは大事なものだ。しかし手にしてすぐに封筒がタバコ臭い。大事な封筒を送った人がタバコまみれにして送るはずがない。もしや配達する宅配の人が運転中に、あるいは荷を積むときに一服か二服かしていたのではないか。

勝手に想像して決め付けてはいけないが、それにしてもタバコを吸わない者にとっては、はなはだ迷惑な話だ。しばらくは封筒は開けないでそのままにしていた。郵便物だったらこんなことにはならないだろう。郵便はたいていバイクで配達するので郵便物に臭いが移ることはないだろうが。

結構営業の人もタバコ好きの人がいるのか、わが家に入ってこられたら臭いがぷんぷんして、その人が帰られたら慌てて窓をあける始末である。車の運転中に吸うのだろうなあ。営業で調子がよければまだしも、うまくいかないといらいらしてついタバコに手が行ってしまったりするのか。せいぜい健康のために吸い過ぎには注意してもらいたい。

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ぐらしか

結婚式がSホテルであったので、司式をしに行って来た。聖歌隊をしているAさんが顔を見るなり、「去年は最悪の年だった」と話しかけた。「何があったのですか?」と聞くと、最悪の出来事を話してくれた。

昨年は結婚して一年たっていた。めでたく子どもを授かったのだが、安定しなくて病院に入院していた。調べると三つ子だった。初めての出産、しかも三つ子となると不安も大きい。しかも安定しない。医者もチームを作って何とか出産できるようにと見守った。5ヶ月のころにひとりの子が流産しそうになった。なんとかおさまったものの、気が気でない。

6ヶ月に入り、医者から「7ヶ月が過ぎたら取り出しましょう」と言われた。あと一月。そのときに二人目も危ない。結局、そのまま流産して三人とも無事に生まれることはできなかった。最初は6ヶ月で流産と聞いて、普通だったら安定期だし、そんなときにも流産ってあるのかと思っていたら、三つ子とわかって、それは大変だっただろうなあと同情した。

まだ2ヶ月前の話である。心の傷は深いことだろう。どうかいやされて、元気が与えられるように。出産は一大事である。命がけで生まれてくることを思う。こんな形で世に出て来れなかった命もあることを思う。ぐらしか(かわいそうな)ことだ。主の慰めがありますように。

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湯たんぽ

熊本に行ったときに非常に寒かった。熊本だけが寒かったのでなく日本列島全体が寒波に覆われていて寒かったのである。九州でも雪が舞っていた。それでというわけではないが、熊本に行った記念に近くのスーパーで湯たんぽを購入した。980円なり。

熊本では使用しなかったが、家に帰ってからも朝晩が冷えて氷点下の日が続いてる。さっそく湯たんぽにお湯を入れて使ってみたら、これがすごく暖かである。朝になったら冷たい水になっているのではと思っていたら、まだ暖かくて、ちょうど顔を洗うのに適した温度となっている。

昔の湯たんぽはブリキのような金属でできていたが、今のものはプラスチック製品のようなものである。それでも効果はある。これは経済的だ。布団の中の足元に入れておくとゆったりと眠れる。

そういえばわが子どものころは湯たんぽでなく、豆炭あんかを使っていた。毎日、豆たんに火をつけて、真っ赤にしてから、あんかに入れて、それを湯たんぽのように布団の中に入れて置くのだ。寒いときは夜中に冷えてくる。布団に入っていながらぶるぶる震えることさえある。今日の最低気温はマイナス4.6度だったそうだ。外の水道管が凍り、給湯器が動かなかった。それでも湯たんぽさえあれば、寒さもしのげる。ありがたいことだ。

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高速道路で

熊本に向うときである。えびのから途端に長い加久藤トンネルに入る。人吉に出るとさらに20以上のトンネルが続く。今はすべて片道2車線でいいのだが、以前は変則片道1車線があった。トンネルが1車線で、しかも6キロのトンネルはさすがに恐怖である。

今は2車線なのでトンネル内での追越は頻繁だ。こちらはほとんどを走行車線で通していた。ときどき遅い車に出くわすと仕方なく追い越すことはあったが、どういうわけか自分の付いていた前の車両がスピードを上げて一気に何台も追い越していた。ついつられてしばらく追い越し車線を走っていたら、急に一台の車が追い越し車線に出て来て、自分の前に割り込んだ。

しばらくそのまま走っていると、前の割り込んだ車の屋根が赤く点灯し、サイレンを鳴らし始めるではないか。一気に抜いた車を捕えた瞬間であった。こちらはあわてて左の車線に入った。あたりはすでに薄暗く、警察車両とはだれにもわからない。無論、パトカーだったらすぐに見分けはつくが覆面なのでわかりようがない。調子よく走っているとあぶない。

確かにスピードの出しすぎは危ない。急いでいても車間距離をとって安全な状態で走るのがいい。特別急いでいるわけでなかったので、こちらは安心スピードを保って目的地に着いた。くれぐれもご注意を!ということである。

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熊本へ

先週末は関西に行ったが、今週の初めは熊本に行くことになった。いそがしいことだ。息子が熊本のA市に住んでいるのだが、転勤になって、そこから新しい勤務地までは遠い。車でも1時間以上かかる。最初は我慢していたが、朝が早いし、夜は遅い。そうなると勤務地に近い所に引っ越したいということで、一緒に探すこととなった。

いくつか勤務するべき職場があるので、なるたけ近くてでこへでも通えるところを考えて、結局は熊本市に決めた。さすがに熊本市は広い。何度か行ったことはあるが、国道を通っただけで中の住宅地は初めてだった。不動産屋さんに適当な場所を案内してもらったが、さすがに地図で見るのと違って、道路は狭いし奥まっている。

これが生活道路だな。田舎ではほとんど考えられない。空き地はほとんどなく、特に住宅街はマンションやアパートが建っている。安い所はそれなりのものだし、高くなるとそれなりにグレードもよくなる。駐車場も必要となれば当然アップする。手ごろな値段のものを決めて一応申し込みできた。

今月末までに引越しすることになろう。それにしてもいっぱい物件もあるようだ。安いから入居するのでもなさそうだ。安全面や便利さなど、それに近所とのことなど考慮すれば、多少の値段は上ってもしかたない。今までのものより、数千円のアップとなる。地方からより都会に出るのだから致し方ないことである。これで少しは通勤も楽になることだろう。

熊本滞在中はすごく寒かった。雪も舞っていたので、無事に家に帰れるだろうかと心配したが、高速では晴れていたし、道路も凍結することなく普通に走ることができた。西に東にと旅行したので疲れが残ってはいるが、まあ体は守られているから感謝である。

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下見に行く

今年の聖会場を見に出かけた。といっても兵庫県にある施設だ。朝6時半に家を出て、空港バスに乗って鹿児島空港まで行く。およそ100分かかる。鹿児島から神戸空港行きに乗って神戸に着いた。空港はポートアイランドにある。三宮まではポートライナーに乗り、三宮から、確か地下鉄に乗って神戸電鉄に乗り換えるはず。

そう思って三宮まではうまくいったのだが、地下鉄に乗ったのはいいが、どうも逆方向にのったらしい。数駅が過ぎる頃、神戸電鉄はここで乗り換えてという、わかりにくいアナウンスがあったのであわてて飛び下りた。そして改札口にいる駅員さんに聞いたら、「あんた反対ほうこうでっせ。切符見せてくらはい。あ~これやったら、ここではあきまへん。もう一度逆方向に乗んなされ。」ということで逆方向の電車に乗って、目的地に着いた。おそらくは30分のロスはしただろう。

駅からはバスもあるようだったが、約束の時間が危ういのでタクシーで行った。約15分とあったが、それなりに時間はかかった。行くと委員のみなさんはすでに到着していた。すぐにレストランの試食となった。なんとバーベキューである。神戸牛ではなかったが兵庫県産の黒毛和牛である。豪華な食事である。量もいっぱいで食べ切れなかった。

あとは会場の中や、施設、宿泊の部屋、大浴場、なんと純粋の温泉が出る。有馬温泉も近い。風呂好きには最高である。会場は広くてのびのびしている。オフだったので閑散としていたが、夏は人も多いだろう。何より広い敷地でゆったりとできそうだ。

たくさんの人たちが参加してほしい。世は不景気だけれども、聖会で思い切り賛美して、解放され、強められ、心身ともに霊的にもレフレッシュされてほしい。講師も賛美の大好きな先生だ。祝福されること間違いない。

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神頼み

今年はいつもより初詣の数が多かったそうだ。こう景気が悪く先行きもままならない状態であれば、神に頼るしかない、と考える人も多いのだろう。ただ年の初めに神社や仏閣に赴いて、賽銭を投げ入れて祈願するだけで景気が回復し、うまく世の中が回転するとは思えない。おそらくいかないよりは行ったほうがご利益があるのでは、おみくじをひいて大吉でも出たら、ええことあるぞ!と満足顔にもなれる。

世の神は数え切れないことから八百万の神といわれる。そんなにいっぱいあるのだから、全部の神に頼むのは無理といえる。中には何の神か知らないで拝んでいる人もあろう。何でも拝んでおけばいい。それこそ自己満足である。

聖書の神は祈願の対象というよりも、主の主、王の王、神の神として礼拝の対象としておられる。確かにお願い事もするが、本当は礼拝するべきお方として臨在されるのだ。しかも特別に建物の中や外に鎮座されるのではない。目に見えない存在としてどこにでもおられる。

この神は啓示の神として隠されていた奥義を信じる者に示してくださる。どんなに賢い人でも啓かれないとわからない。知識や能力を超えたものなのである。単純に信じる心が一番大事である。本当は世の人たちが神社、仏閣に行くよりも、真の神である主イエスのもとに集まり、ともに礼拝をささげ、啓かれた神のみこころを求めることこそがあるべき姿といえる。どうか神の御心が行なわれますように。

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出戻り

いやな言葉だ。嫁いだ先から戻って来た、そんなイメージがしてしまう。これはそんな意味ではなくて、せっかく年末に期限までに出した年賀状が相手に届かないで、ゴム印と丸い印鑑が二つくらいあって、あて所に届きませんでしたか、転居されていますのような文言が記してある。

せっかく出したのに残念!!正月前にすでに何枚か戻って来ていた。そして年明けてから届かなかった人からは、ちゃんと新しい住所でやってきていた。早めに知らせてほしかった。あ、もしや知らせが来ていたかも知れないが、こちらが見逃していたかもしれない、と思ったりした。

今までこんなことはなかったのに、なんで今回はこんなに重なったのだろう。再度作り直して新住所に送った次第である。賀状が不足したので、今日の朝、郵便局が開いた頃に行ってみたら、まだ幾種類もの葉書が残っていた。不景気の影響かな。無ければ普通の葉書でいいかと思っていたので、あってラッキーであった。田舎ででもこんなに残っているとすれば、全国では相当数の年賀葉書が残っているはずだ。

こればかりは来年に回すわけにいかない。年々少なくなるだろうが、あるところまでいけば安定するかもしれない。昔は印刷業者が買い占めてしまうので、早く買いにいかないと手に入らなかった。今は業者に頼む個人の人は少ない。たいていはパソコンで印刷ができるので、自分で作ってしまう。見た目はきれいだが、やはり手書きにはかなわないな。パソコンの文字も手書きのような崩した字体があったりするが、手書きでないことは容易にわかるのだ。出戻り君も再送したし、これで一応OKとするか。

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ファーストワーシップ

今年になって初めての礼拝を持った。本来であれば元旦に礼拝を持つのだが、元旦には祈りに行っていたので、今年は今日の聖日礼拝が最初となったのである。今日は里帰りしていたI先生家族が来てくださった。子どもが三人。三人目はまだ2ヶ月余りの乳飲み子である。久しぶりに小さい子が来てくれたので、礼拝は結構にぎやかとなった。

今日は礼拝の中でI先生の証もしてもらった。今は聖書学院でもう一度学びと訓練を受けておられる。これから先はまだはっきりとしていないが、神が最良へと導いてくださることだろう。そう信じている。昼食をみんなで食べながら楽しくまじわった。子どもはやはり元気がいい。男の子は特にそうだ。子どもの成長は本当に早い。気をつけないとあっという間に大きくなっている。

いつも来ておられるT姉は暮れに腰を痛めて苦しかったそうだ。祈って欲しいといわれたので、腰に、その痛いところに手を置いてお祈りした。祈ったら楽になったと喜んでくださった。腰の痛みは大変だ。動くのにも苦痛になる。すっかり良くなるようにと願った。

もう4日になった。早いものだ。正月の気分はだんだんと薄れていく。現実はきびしい。きびしいけれどひるまずに進んで行きたいものだ。

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断食

久しぶりに断食をした。しかも三日間丸々食べずの断食である。飲料だけは体調維持のためにしたが、今回はそれほど空腹でうなされるようなこともなかった。食べたいという欲求から解放された三日間であった。

食事をただ食べないというだけではなく、今回は食を断って、神に祈るための断食祈祷だった。僧侶が修業のために食を断ち難行苦行を課すが、あれとはちょっと違うけれども、世の欲を断ち切るという意味では似ている。修業のためではなく、あくまでも個人的願いで主に近づく手段として、断食したまで。

それで、その日が12月30日、31日、1月1日の三日間なわけで、世は大晦日や、元旦やと騒ぐころ、何も口にしないで切に神に祈っていたのだ。主に自分の教会のことや、家族、さらには地域、近隣の教会、もっと日本のために、世界の平和のためにと祈りは広げられていった。最後は何を祈ったかではなく、どれだけ神を感じ、神の臨在に触れたかになっていった。

今回はテーマとして、ローマ書を読むように示された。パウロが命をかけた福音、それはどれほどすばらしく、命と愛に満ちたものかを熱くここで語っている。キリスト・イエスのしもべとして、福音を余すところなく伝えることを生涯の喜びとした。福音を恥とせず。私の福音とパウロは福音、すなわちイエス・キリストを命として生涯を捧げた。パウロの生き様をローマ書は語っている。

三日間が終わり、2日の朝、帰り支度をしていると、この祈りの家の所有者であるM教会のT先生が様子を見に来てくださった。一緒に韓国の先生と、開拓伝道のまさにパイオニアであるN先生も一緒になって来られた。元旦礼拝の説教にN先生は来られたとのことだ。わざわざ来て交わり、祝福まで祈ってくださった。

N先生は現在73歳だが、いくつも開拓伝道されては、後進に教会を譲ってさらに開拓されている。今は鳥栖にクロスロードという教会名で開拓されているが、鳥栖は九州自動車道と大分、長崎自動車道が交差するジャンクションになっている。まさしく九州の要衝的存在になる。そして今は三階建ての物件を手に入れられて教会を作っておられる話を伺った。金は無くても信仰があれば神は祝福してちゃんと備えてくださる、そのような信仰が与えられて実に励まされた。

今回の断食で得た祝福は一言では当然言い表せないが、神の祝福があふれるほど与えられたことをただただ感謝するばかりである。

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