死刑執行
昨日も4人の死刑囚の執行が行なわれた。それでも死刑判決を受けて執行を待っている人が95人いるという。最高裁までいって死刑が確定した人たちだ。日本では死刑制度に反対する人たちがいる。世界でも死刑に対する反対する意見も根強い。
しかし日本の裁判制度では死刑が最高刑となっている。死刑がいやであれば、無期懲役が一番重い刑となる。無期懲役といっても死ぬまで服役するのでなく、あるところで釈放されるのだから刑の重さからいって、これが最高刑というには問題がある。
終身刑が必要になる。懲役50年とか、100年とか。死ぬまでどんなことがあっても出て来れない。そうしないと社会に出てこられたら、また同じような罪を犯さないとも限らない。実際に執行された人は、一度服役して出所してから再犯となり、しかも殺人罪で死刑となった。
罪は罪として罰を受けなければならない。ただ罪を犯した人が本当に改心して悔い改め、心から罪を詫びるように導く必要はある。聖書は罪を赦しなさい、と教えている。それは罪を認めないのではなく、認めた上で、その人が本当に改心するように願うのである。神は私たちの罪を赦しておられる。刑法の罪は当然として刑罰が伴う。それを受けないようにしなさい、というのではない。受けるにしても罪が赦された状態で受けるのと、罪を赦されないまま、罪の重荷を背負ったまま受けるのとでは天地の差があるのだ。
神は私たちの罪を赦してくださっている。私たちも罪人を赦すようになりたい。死刑であれ、懲役刑であれ、その刑は受けないといけない。願わくば、罪赦された人として受けてほしいと願う。
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