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2008年11月

プロとは?

王前監督の番組をNHKで見た。巨人軍に入ったときからプロ意識をもって人一倍練習をしてやってきた。背番号1は永久欠番である。自分が小学生の頃に長嶋や王の活躍は始まった。ピッチャーから野手に転向した。彼の打撃を生かすためだった。

王はホームランを打つために一打席、一打席を大事にした。もっと言えば、この1球は二度とないと思って、集中して臨んだ。ピッチャーの投げる球に集中した。そして好球必打。打ち損じがないようにしっかりと芯で捕えるようにして振り抜いた。

さすがに世界の王である。だれも真似はできない。ここぞというときに打ってくれる。人気より実力が上まわっていたように思う。選手として引退してからも、監督になって巨人を率い、それからホークスを率いてきた。優勝も何度かした。

今年ソフトバンクを最後に監督を退いた。そのホームでの最後の試合のあと、チームは残念ながら敗れたが、最後のセレモニーで王はファン対して、「自分の体調の悪化によってチームに迷惑をかけた」とわびた。そして責任を謝罪したが、ファンはずっと王に対して涙を流し、「ありがとう」「やめないで」と惜しむ心を表していた。

選手たちも、王によって育てられた小久保、松中、川﨑、松田、、、と一人一人が花束を贈呈し、別れを惜しんだ。みんな泣いていた。師弟関係がこれほどまでに深くて、強い姿を見たことがない。本当に指導者としても一流だったんだなと思わされた。イチローも王さんを心から尊敬している。プロとは何か、それをよく知っているからだろう。

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太郎も一郎も

党首討論が久しぶりに行なわれた。中継を見ていたのではないが、後のニュースで知った。今回はようやく小沢さんが応じてくれて実現した。今までは何度も要請されても断って来たのにどうして?って思った。

自民党政府の衆議院解散総選挙を先延ばしする気配を、小沢氏がけん制する意味もあっただろう。それに度重なる麻生氏の失言に、ここぞとタイミングを計ったのではないか。確かに今回の討論は総理は防戦に回るしかなかった。

 民主も結構、法案成立を先延ばししているのに、意図的にはしないとうそぶいて、国民救済の2次補正予算案をなぜださぬか、と総理に攻めてきた。出しても反対すると表明しているのに矛盾する発言である。反対する法案をなぜ出さないか、と言われて、じゃだしますわ~とは言えない。

 どちらも国民の気持ちを真剣に考えているのか、と疑いたくなる。もっとお互い牽制ばかりしないで、前向きに同調できる所は同調して前進して欲しい。景気が悪い。年を越せるかわからない、といった人たちが大勢いることを忘れないでほしいものだ。選挙とかよりも、もっと現実に救済を求めている人たちに目を向け、手を差し伸べてくれるのなら、国民も安心できる。今は空白状態。冷え込む景気を救う道すら示されていない。どちらもどちらである。

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セキュリティ

前のプロバイダのときはその専用のセキュリティに加入していた。今度のセキュリティは新しいプロバイダにあるものだ。月々の値段も高い。加入して5ヶ月以上になるのに、ソフトを入れずにいた。

一度使ってみたが、やたら動作が重くて、一つの画面を開くのにすごく待たされた。なんだぃこりゃって感じだった。使うのをやめてほっといたのだが、最近、請求書を見て、やはりちゃんと請求されているので、これは勿体ないと思って、もう一度導入した。

するとやはり同じ現象が起きた。動作が重くて時間がやたらとかかる。スキャンすると言ってはじっと待たされる。バックアップというとこれもまた恐ろしく時間を要した。とにかく万全に使えるようになるまで、何度も砂時計が登場していらいらしてしまった。

しかも窓を開くと、前の窓を取り消したとき、問題が生じましたので終了します、とメッセージが入って、全部の画面が消えてしまう。時間はかかる。手間がかかる。しかもお金もかかるで、これでは何もできせん。そのセキュリティを取り消し、解約することにした。

そうしたらスムースに行くようになった。ただウイルスなどの侵入が心配だが、大丈夫だろう。また別のものを対策として考えればいい。あれはわがPCには会わなかったのだ。そう思う。

PCもだが、人間の体もインフルエンザウイルスなど心配である。家内は今日のこと、病院に行って予防接種をしてきた。自分は行かなかった。注射は痛いからいかない。

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泣かなかったようです

この間の日曜日に行なわれた結婚式、その花嫁の父は、果たして泣くかどうか、とても興味のあることだった。しかし、式のときも、披露宴のときも泣かなかったということだった。ただ、前日に知り合いの結婚式に招かれて、披露宴でジーンと来るところがあって、そのときには目頭があつくなってついに泣いてしまったらしい。

自分のときには泣かないですんだ、と告白されていたが、そんなもんなのかな。わが子が嫁ぐ日、式の前に三つ指ついて、「お父さん、お母さん、長い間お世話になりありがとうございました」と言われようものなら、ついほろりと来るはずだ。ただ、式のときも、披露宴のときも、思い切り緊張していれば泣く余裕もないか。

このお父さんはとても優しいお父さんという感じがした。地元のコミュニティFMで番組を持っておられるので、ときどき聞いているのだが、その番組は筋書きがあるようでない、自由なトーク番組である。鹿児島弁丸出しでしゃべるので、声がスピーカーから来ているのか、家の外から来ているのか錯覚しそうなときがある。

やはりまだ、鹿児島弁のトーク番組は慣れない。大阪弁だと違和感ないのに、地元の方言だとなんで違和感あるのかな?わからん。内容は地元の話が多い。番組で娘の結婚式のことがネタになるか、どうか。聞く機会があれば聞いてみたいものだ。

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テレビ電話

息子夫婦からパソコンを使ってテレビ電話ができるからと、この前、パソコン用のカメラを贈ってくれた。さっそく取り付けて、いろいろ試行錯誤しながらセットした。CDからインストールして、パソコン本体につなぐ。

インターネットからソフトをダウンロードしてインストール。手続きを済ませて、息子のあて先にかける。すると出た。相手の画面が映った。しかしこちらの画面が送られていない。カメラのメーカーに尋ねて、どうしたらちゃんと映るのかまで問うた。何とか映るようになったが、未だにパソコンは操作がむつかしい。

よこに専門の人がいてくれたらスムースにいくのだろうが、わからないなりにもあ~や、こ~やと試行錯誤するのもいいのかも知れない。それで覚えていくわけだし。

さてテレビ電話はなかなかいいものだ。画像はときどき止まることもあるが、それでも会話ができるし、料金もほとんどかからない。なによりも顔を見ながら会話ができる。しかし、いざとなると何話そうかと逆に話題にも困るものだ。孫が一緒だったし、孫のことを話すことにした。

遠くに暮らしていると、行き来は頻繁にできない。けれど電話で、声だけでなく顔を映しながら見れることはいいものだ。幸いな時間と空間をありがたく感謝している。

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ありのままに生きて

昨夜、妻が突然の出来事で記憶障害を起こし、夫や子どもたち、親兄弟すらも忘れる人の話がドラマ化されて放送されていた。実話に基づいて作られたようだが、もし自分の妻が記憶をなくして、肝心な家族のことをみんな忘れてしまったらどうしよう、とそのドラマを見ながら思った。

まさかそんなことは起きないだろう、と思いつつも、きわめて深刻な事態に、この後どうなっていくのだろう、と非常な関心が起きた。話は、妻が自分のことを忘れ去って、受け入れないことに、夫は大きなショックを受けるのだが、もう一度新たな信頼関係を築くために、拒否する妻に信頼してもらおうと努力していくのだ。

病院にいる間に、何とか新たな信頼関係を築いた。そして、もう一度妻にプロポーズして、新居に住むことを勧める。新たなスタートである。それでも子供たちのことは忘れている。忘れられた子供たちも非常なショックに打ちのめされるが、そんな母親に何とかわかってもらおうと気遣いながらも近づく。母はわが子として受け入れるには時間がかかるが、それでも新しい夫、新しい子どもたち、そうして新しい家族を築いていく。

ありのままに生きて、と夫は妻にやさしく語りかける。実際はドラマのようにうまくはいかないかも知れないが、もし急にこのような事態が起きたら、この夫のように受け入れることができるだろうか。一番親しかった家族に、全く拒否される気持ちはどれだけ傷つくか、測り知れないものがある。

それをも受け入れられたのは、やはり愛があったからだ。愛は寛容、情け深い。すべてを信じ、すべてを我慢し、すべてを耐え忍ぶ。もっとも大いなるものは愛である。愛を追い求めよ、と聖書は語っている。人間にとって一番必要なものは愛である。ありのままを受け入れるこころ、それも愛である。

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50にもならないのに

 主イエスがあるとき、「あなたは50にもならないのに・・・」と言われた。その時には、まだ30歳を少し過ぎた年齢だった。よほど老けて見られていたのだろうか。昔、自分も子どもの頃に、20歳の人がすごく大人に見えたものだが、いざ自分が20歳になったときには、なんと幼い自分だろう、とびっくりしたものだ。

 50歳ともなるとおじいさんのような感覚があった。頭は薄くなり、顔にはしわがいっぱいできて、少し前かがみな体型になる。着る物は頓着なく、ステテコや肌着でいても違和感がなくなる。おじいちゃんのイメージが抜けない。

 それが、いざ自分が50を越えると、前のイメージとは全然違う自分がいる。頭の中は青年そのものである。まだまだなんでもできそうな気がしてならない。頭は多少は薄くはなっても、おじいちゃんのようなシワがいっぱいあるわけではなく、前かがみな体型ではない。いばってみてもしょうがないが、今の50代はまだ若い。

 外見は若く見えても、実際は衰えは否むことができない。気力が減退してきた。目の衰えは相応であろうか。小さな字が読みづらい。体の中がちょっと弱ってきた。内臓、器官、一部かも知れないが、どこか弱っているのがわかる。

 長生きをしようとは思わないが、せっかく与えられたいのちは、最後まで燃やして尽きたい。人生はマラソンのようだ。今日も駅伝ではあったが、千葉で競走が行なわれていた。男女混合の駅伝。自分に与えられた区間を責任を持って走り抜く。そのときの体調も影響するだろう。ベストで臨みたいという思い。自分もたすきを受け取った。これを次の走者にしっかりと走って渡すまではリタイヤできない。いつまで走るのかはわからないが、まだまだ元気出して走ろうと思う。

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いいふみ

今日はいい文の日。本当は勤労感謝の日である。ところが、ここ最近の不景気で勤労者はさらに不安が増した感じがする今日この頃である。昨年は新卒者にとっては売り手市場で景気もよかったのだが、今年は急に雲行きがおかしくなり、内定も取り消されるといったことが起きている。

期間従業員、非正規雇用の人たちもだんだんと雇用を取り消されて、職を失う人が増えている。明日はわが身かという不安感が多くの労働者にあるのが現実だ。だから勤労感謝の日とあっても、どれだけの人が感謝しているだろうか。今日とにかく働くことができてありがたい。明日はどうなるかわからない。本当に不安である。

早く政府もこのような不安を解消するために政策を打ってほしい。なんか自民も民主もお互いを批判するだけで、一緒になんとかしようという気持ちが見られない。若者たちにもっと夢を与えてもらいたいものだ。

地方も仕事がなくて困っている人が多い。大型店舗が進出するのはいいが、それが地方に利益を還元してくれなければますます地方は細るのみである。若者たちが地方を離れるのを防ぐ手立てはない。

衆議院選挙をして、政権を交代すればよくなるのか。やってみないとわからないことだが、やってみて悪かったら取り返しはできないのだ。とにかく政治空白は国民のためにはならない。

どうかいい文を手にできるように願う。いい文はその人をしあわせにしなければならない。生きていることをしあわせにさせるいい文が、届きますように。

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かぜかな?

急に寒くなったせいか、あちこちでカゼをひいたといった話を聞く。妻もちょっと体の具合が悪いようだ。葛根湯のドリンクを飲んでいた。食欲もない。熱はないが、体がだるいと訴えている。

京都の孫もセキが出てとまらないようだ。病院で診察してもらったら、カゼでしょう。熱が出てくるかも知れません、と言われたそうだ。子供の体は急に熱があがったり、予期せぬ事態になるからこわい。

医者が多い地域は安心だろうが、山村、漁村など医者がほとんど近くにいない地域は不安でしょうがないのではないか。うっかりカゼもひけない。病気にもなれない。それだから強いのかもしれないが。

これから先、冬に向うので寒さはもっと厳しくなるだろう。油断をするとカゼにやられる。一番恐いのがインフルエンザである。新種の奴に感染すると大変な勢いで広まる。桁違いの死者が出るのではと恐れられている。カゼも心配だが、この不景気はもっと深刻である。財布の軽さ、懐の寒さに震えるわな。

あたたかカイロ。イエス様の愛で温めてもらいましょうや。明日も良い一日でありますように。アーメン。

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ねかぶ茶

今日、ハンナ会という婦人集会に出かけて、そこでねかぶ茶を出していただいた。昆布茶と変わらない感じだが、これが結構おいしいのだ。ミネラルを多く含んでおり、体にはとてもいいそうである。宇津井健さんもお気に入りで毎日飲んでおられるそうだ。

ある程度の年齢に達すると健康が一番の関心事となる。自分もそんな年になったのだとつくづく思ったりする。お茶はいいものだ。日本人はお茶を好む。日本茶もいい。鹿児島にはお茶の産地ということもあって、結構お茶をよく飲む。しかも年輩の方は、貧乏性というわけでもないだろうが、朝入れたお茶を夜寝るまで替えないで飲むのである。出がらし紋次郎のサユに近いものでも飲んでいる。

いっぱいお茶があるのだから、いつでも入れ替えればいいのに、辛抱するのである。みんんがみんなそうではないだろうが、自分ところではそうだった。

ねかぶ茶はわかめのような乾燥したものを熱いお湯に入れて、それを少しおいてから飲むと味が出る。体もあったまるし、栄養があるので何杯でもいけそうだ。さすがにこれは一杯で飲み干す。今日はとてもおいしいお茶をいただいて幸せだった。

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なぐさめ

今日はすこぶる寒く、家内も寒さにかなわず昨夜のうちに、近くのガソリンスタンドに行って灯油を仕入れていた。そして今朝はさっそくストーブに火をつけた。まだ11月なのになんという寒さか。一足飛びに冬がやって来た。ストーブはだんだんと部屋をあったかくしてくれる。やかんを乗せているといつの間にか湯も沸くし便利である。

さて、今朝方、えびの市に住んでいる91歳の女性から電話があった。この方は昨年イエス様を信じて洗礼を受けられた。Tさんである。ここからえびのまでは車で2時間半はかかる。簡単に行けないので、電話や手紙のやりとりでしか交流はできない。

今朝は、毎日、イエス様にお祈りして「一日をお守りください」と言っている。夜には「今日も一日お守りくださり感謝します」と言っている。また、ひとり部屋で「いえすさま。いえ~すさま」と自己流の歌を歌っている。そんなことを伝えてくださった。91歳で一人住まいはさぞやさみしいのではないか、と思ったら、全然さみしくないとのことだった。

一人で生きるということを自分に置き換えて考えてみる。今は家内と二人でいる。もし一人だったら、食事から、掃除、布団の上げ下げ、近所や町内会のこと、仕事、猫の世話などなどぜ~んぶ一人でやらないといけない。ものぐさ太郎な自分がそりゃ大変とすぐに音をあげそうだ。

Tさんは強い。みんながみんな、そうなのではないことも最近教えられた。Tさんの思いがけない電話にとっても励まされ、慰められた。

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帰ってきたの?

西宮にいるSさんが、ひょっこりとお母さんといっしょに訪ねてきた。予期していなかったので、目の前に本人を見てびっくりしてしまった。時間がないとのことで玄関先で少し話したが、元気な様子だったので安心した。

今回は免許証の更新のために休みを取って帰って来たそうだ。普通は住所変更するはずなのに、まだしていない。いずれは鹿児島に戻るつもりなのか、その辺のことも不明だ。帰ってきても仕事ないし、といわれれば返す言葉はない。仕事がないわけではないが、たしかに少ない。

明日にはもう西宮に戻るそうだ。鹿児島に帰ってきたら、すごく寒いのでびっくりしたという。今日は全国的に寒く、鹿児島だけではないだろう。昨日、大阪の先生からメールで、大阪は冬の寒さですとあったし、今日は大分の先生から、今日はすっごく寒いよ~、とあったし、どこも真冬の冷え込みのようだ。

ゆっくり話す間もなかったが、これからの将来のことも、主の祝福があるようにお祈りしている。雫一滴のような祈りかもしれないが、続ければ巌をも砕く力となる。そう信じている。ジョージ・ミューラーは生涯祈りの人で、彼が祈ったことで聞かれなかったことはなかったそうだ。自分もそうありたい。淡白な祈りになりがちなので、もっと粘り強く祈ろう。いろんな人のことを思うと、ますますそんな祈りへの欲求がわいてきた。渇望せよ。

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急な冷え込み

朝からどんよりとした天候が続いていた。午後になると風も出て、一雨来そうな雲行きになった。風も冷たい。急な冷え込みである。昨日までは、まだましだったが、もうすっかり冬の季節ではないか。明日の予報では朝は2度だそうだ。ひゆ~。北風小僧がやってきた。

昨日は夕方に、今度結婚式を挙げる方たちのリハーサルを行なった。花嫁のお父さんも一緒に歩くので来て貰って練習することにした。このお父さんは知る人ぞ知る方で、家内も仕事場が一緒ということで知り合いである。自分は初めて会うのだが、テレビやラジオにメールなどで視聴者の便りを頻繁に出しておられる。地元のNHKでも取り上げられることがある。毎日、投稿されているようである。

この方の今朝のラジオの投稿に、「今日は夜にバージンロードを娘と歩く練習がある。行きたくない」とあった。おっと、これは自分と会いたくないのか。どうやらそうではなく、娘が嫁いで行ってしまう日が近づくので、それを意識したくない。娘を嫁にやりたくない、という父親の正直な気持ちを表したものである。

自分には娘がいないので、そこまでわからないのだが、きっと娘が嫁ぐ日が決まったら、父親はだんだんと不機嫌になってくるのではないだろうか。バージンロードで歩く練習なんてやりたない、とつい本音を言ってしまう。でも半面は、娘が幸せになるのなら喜んで送り出そう、とも。かわいい娘であればあるほどそう考えるのか。

今度の結婚式のとき、この父親はどのような顔をされているだろうか。もしかしたら、目から涙が出ているか。娘の方から涙が出ているかもしれない。ほんとに仲の良い親子だと思った。新郎はどんなことがあっても、新婦を幸せにしないとえらいことになりそうだ。どうなるか、楽しみにしておこう。

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孫の誕生日

けっしてソフトバンクの社長のことではない。

わが孫のことである。今日が2歳になる。バースデーである。離れて暮らしているのでしょっちゅう会うことはできないが、年に数回会うと、そのたんびに大きくなっているので驚かされる。

ときどき携帯メールで写真も送ってもらうが、まことに人の成長は楽しいものだ。それが身内であればなおさらである。孫のKはこの前、Kの父親に電話した時、途中で電話に代わって出てくれた。「Kちゃんね。元気?」「うん?」と言った。まだどれくらい祖父である自分を認識してくれているかはわからないが、たまにしか会わないので電話ではわかっていないかもしれない。

まだおじいちゃんは早いという気がしないでもないが、自分の年齢もいい年だ。同級生達にも何人も孫のいる人はいる。たいていおじいちゃんとなると、サザエさんのなみへいを思い浮かべてしまう。頭には数えるほどの毛髪。かつおの親なのにあの頭はかわいそ。自分も孫を持つ頃はあんなんだろうか、と思っていたら、まだましだった。それでも写真に写された自分を見ると、時間の問題かも知れぬ。

さて、孫のKもすくすくと育っているようだし、うれしく思う。どうか病気や、事故などに守られて大きくのびのびと育ってほしい。児童虐待とか悲しい事件の多い世であるが、息子たちはKを大事に育てているので幸いである。どうか神の愛のあふれる家庭となりますように。祝福を祈ります。

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心変わり

調子よくお付き合いしていた人が、急に態度を変えて付き合いができなくなった。そんな経験はだれでもが持っているのだろうか。何かが原因なのだろうが、その原因がはっきりとわからない。自分のせいか、あるいはその人の事情によるのか。本心を伝えてもらえればわかるのだろうが、本心を伝えるとまたお互い傷つくこともある。

そんなことで、この数日のこと、人との関わりで心が重い。教会の牧師は「もう教会に行きません」といわれるのが一番つらい。どんな理由にせよ、これは殺し文句である。教会に行くというのは、用事で行くのとは違う。go to churchである。教会に礼拝に行くという意味である。

そんなことで、よく理由もわからずに来なくなった方に対して、こちらは寂しい思いをしている。だからといって、礼拝で沈んでいるのではない。一人の人のために礼拝を重苦しい雰囲気にしていいはずがない。むしろ、だからこそ心を込めて力いっぱいに主を賛美し、礼拝をささげるべきだ。あなたの礼拝はどうよ。と神に言われないようにしたい。

人には心変わりがある。神には心変わりはどうだろう?イエス・キリストは昨日も、今日も、いつまでもかわることがない、とある。真実なお方、誠実なお方なのである。ハレルヤ!

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きみまろ

綾小路きみまろのライブCDが百万枚突破した。これはグレイの持っていた記録を塗り変えて、最高となった。綾小路きみまろと言う名はいかにも皇族のような名であるが、出身は鹿児島県の松山町である。

愛媛の松山ではなく、鹿児島の松山。とても田舎である。しかし、きみまろは今こそ中高年の方々に大人気であるが、泣かず飛ばずの下積み時代が長かった。そしてブレークして現在にいたっている。

5年くらい前に、隣りの町のロータリークラブの集まりに呼ばれたことがあった。昼食を共にした集まりで、少しだけお話をしたのだが、その後昼食となったときに、ある方が最近仕入れて面白かったので、と言ってきみまろの講壇を流してくれた。毒舌だけれども笑いを誘い、また痛いところをくすぐって、笑いへと導く。そのテクニック、才能に感心させられた。自分の話よりも何倍も面白いや、と思った。

きみまろは今もおばさんたちを笑わせて幸せな気分にさせている。爆笑トーク集がこれからも出ることだろう。暗い、おもしろない時代だから、きみまろのような人が笑いに火をつけて全国中に幸せな気分を与えてくれたらいい。50代になったから許せる毒舌。今が一番旬のお方である。

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チャンスか

兵庫県の知事さんが関東地方に大地震が起きたら、関西圏はチャンスになる、ととんでも発言をして物議を醸している。口はわざわいの元だ。普段思っていることがポロリと出てしまう。だから普段、とんでもないことを考えているとそれが肝心なときに露見する。恐い。

神戸では13年前に大変な地震に見舞われて多くの犠牲者や家屋などが倒壊した。それを実体験しているにもかかわらず、地方自治の長がこのような発言をするなんて、聞く耳を疑う。おそらく兵庫県民も怒りで満たされただろう。みんながみんなそんな無責任なことを思っているのではない。われわれが被災したときにどれだけ多くの方から助けられたか。いまでも感謝しているのだ。そう思っているはずだ。心外極まりない発言である。

あまりにも多くの人から批判されたからか、後日撤回はしたが、それにしても首をかしげるばかりである。どうして上に立つ人の口はこんなにも軽いのか。もう少し自分の発言に注意を払ってもらいたい。橋下大阪府知事ですら、私のくせがうつっちゃったのでしょうか?と同情していた。

他人の不幸をチャンスととらえるのは寂しい心の持ち主である。弱肉強食の時代ではあるが、日本人の心はもっと高くて、豊かだったはずだ。何か秋風のひゅーひゅー過ぎ行くむなしさを感じてならない。ただ批判ばかりでなく、自分にもそんな寂しい心がありはしないかと問いかけている。

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鹿児島県警

県警が揺れている。先日のこと、60歳の巡査が民家に干してあった女性の下着を盗もうとして捕まった。銀行強盗のために聞き込みなどの捜査に加わっていた警察が、とんんでもない不祥事を犯してしまった。

少し前には、22歳の警察官が、こともあろうに勤務時間中に出会い系サイトで知り合った16歳の未成年女性とパトカー内で淫行にふけった。空いた口がふさがらないとんでもない事件が起きた。未成年との関係はこればかりではなかった、と本人は自供している。

鹿児島県議選では、全国にも知れ渡った踏み字事件。まったく今の鹿児島県警はどうなっているのか。世を取り締まるべき人たちが、自ら犯罪を犯し、取り締まられる始末である。鹿児島県人としてこんな恥ずかしいことはない。

60歳の警察官は、かつて垂水市で犬と一緒に交通安全を国道に出て訴えていた。名物警官であった。交番勤務で、地域の人たちにも信頼されていた。もうすぐ定年退職というときになんということだろう。弁解の余地のない事件ばかりである。情けない。もっと綱紀粛正につとめるべき。汚名を返上する気概が必要だ。ちゃんとまじめにやっている人たちには大変な迷惑である。本部長はじめ、みんなの自覚を求める。しっかりしてほしい。

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複合機

コピー機をリースしているが、今は複合機の時代だと事務機の取次ぎ店からやって来た。以前も言われていたのだが、まだそんなつもりはない、とお断りした。今回は、メーカーがどうしても交換してほしい、とやや強気で話してきた。

メーカーがね~。なんでメーカーから言ってくるねん。まだだいぶリースは残っているはずなのに、以後の分はちゃらにしてくれて、さらに新しい複合機と交換してくれる。リース料は今までと同じでいい。だいぶ機械が売れ残っているのかな?

今までとおなじであるなら、交換してもいいか。何度も営業の人が来るのもじゃま臭いしとよいうことで本日、新しい複合機がやってきた。パソコンとつないでパソコンからコピーできる。印刷はインクジェットだったが、これからは複合機からじかにできる。

FAXもつなげるのだが、こちらは最近新しいFAXを購入したばかりだし、それは使わないことにした。何もかも新しいものが出ると、今までのものが古く感じられるが、決して古くて使えないわけではない。どんどん新たなものに流されていいのだろうか、と思ったりしている。携帯だって、まだまだ新しいのにすぐに買い換える。

まあ、仕方ないか。物を大事にする心は失ってはならないが、古くなると使えない部分も出てくるので上手に変えていかないといけないとは思う。

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家の手伝い

サツマイモの収穫が大詰めになっている。我が家でも来年のための種芋を取って土の中に埋める仕事がある。今日はその手伝いに出かけることにした。朝8時過ぎに畑に行くと両親はすでに仕事を行なっていた。

畑は川の近くにあって、砂地なのでいつもは肌の美しいイモが取れる。ところが今年は今までに雨が何度か降って、その雨も未曾有の大雨となった。そのせいか畑が川のように、池のように水に浸かってしまった。そのせいかできたイモは大きいものは腐ってしまっており、小さめのものしか取れなかった。約4分の1は腐っていた。せっかくがんばって加勢をしたのに、イモは腐っている。自分も腐ってしまった。

種芋は腐っていない、元気なもの、大き目のものを選んで傷つけないように収穫する。剪定ばさみを使って茎から切り落とす。結構気を使わなければならない。今日は天候は一日中曇り模様で肌寒かった。何とか夕方までに終えたが、明日の分があと少し残っている。たぶん午前中で終わるだろう。父も母もときどき調子を悪くするが、農作業をするときはほんとに元気だ。こちらよりも何倍も元気で驚くほどだ。

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牧師たちの集まり

月に一度の牧師たちの集まりに参加した。都城で行われた。今日はタンザニアにある教会の視察に行かれたT先生が、その報告をしてくださった。そこの教会は成長著しい教会である。数ヶ月前に日本に来られていたのだが、そのとき、都城でその先生の特別集会があったので参加することにした。

T先生は現地タンザニアでその先生の働きを目で見て大層驚かれたようだ。後のツアーに参加されたC先生が詳細にビデオに収録して、それを編集してくださっていたので一緒にビデオを観ることとした。

T先生が行かれたときは、教会員は8千人で、今は1万4千人になっているそうだ。3ヶ月で6千人の増加になる。タンザニアでも一番大きな教会ということになった。すごいのは教会員の数というより、そこで起きている信じがたい出来事である。

今までにお祈りして死人がよみがえった例が47件あったそうだ。その人たちのインタビューをC先生がされている。完全に亡くなっていた人が、墓から出てきたり、葬儀の最中に動き出したりということがあった。死んでから数年もたっていたのに、もう骨になっていた人がよみがえった。その人がインタビューに応じている。

聖書にも死人のよみがえりの記事がある。だから信じないとはいわない。それでも白骨化した人が生きているというのは驚異的な奇跡である。ある人はエイズで亡くなったそうだが、生き返ってからそのエイズもきれいになおっていたという。軌跡を信じるだろうか。タンザニアではそんなことが今でも起きているのである。

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有料老人ホーム

教会員の方が老人ホームの体験入所を申し込んだので、どんなところだろうと行ってみた。まだ昨年に建てたばかりできれいな建物であり、各部屋もきれいであった。A、B、Cとランクに別れて部屋もあって、Aランクが一番高い。

NさんはCランクを希望しておられた。その部屋は確かに広いとはいえないが10畳はあるだろうか。備え付けのベッド、テレビ、冷蔵庫、エアコンとほとんどのものは備わっている。着替えだけでいいくらいだ。選択は共同の洗濯機を使う。風呂もCは共同だが、いくつかバスがあってそれも広くて大きい。一人が使ったら、必ず栓を抜いてお湯を流し、洗ってから新たにお湯をためるのだそうだ。

食事は朝、昼、夜と賄われ、自分で炊事することはない。一月に一人14万円くらいの費用らしい。高いか、安いかは意見が分かれるところだろう。ただ元気なお年寄りには最初はいいだろうが、だんだんやることがなくなって飽きて来るのではないだろうか。少し体の衰えを感じ、一人暮らしに不安を覚える人は安心できる場かもしれないが、むつかしいところだ。

Nさんは二日ほどそこで宿泊して、それから考えるようだ。教会からは約25分くらいの距離である。どうせなら町内の施設に決めてもらえればよいのだろうが、さてどうなることか。一人暮らしではあるが、まだ若いし、動けるのだし、ホームに入るには早い気もする。施設の方に全館を見せてもらい、いろいろと説明をしてもらった。とても親切でやさしそうだった。

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クモ出現

チャペルの中を掃除していた人が、「クモや!」と叫んだ。みんながやってきて、「でっかいクモやな。どっからきたんやろ?」そこの係りの男性が室内用の箒でクモを上手に外に追い出して一件落着となった。チャペルは教会ではなく、結婚式場のチャペルである。

式を挙げている最中にクモの奴が現れて、みんなの足元をチョロチョロと歩き回ったらさぞかし驚くことだろう。誰かが「きゃーっ」と叫び声を上げるかもしれない。そうなったら式は騒然となって、途中でやめないといけなくなるかもしれん。もうこんな不気味なところでは式を挙げたくありません、と新郎新婦が言い出したら一大事だ。

まあ、式の前に聖歌隊や、奏楽者がチャペルや入り口など掃除をして備えるからそのような大事には至らなかった。以前は掃除はしていなかったが、係りに方から事前にするようにと言われてからずっと行なわれている。

せっかくのカップルの門出なのできれいな中で式も挙げたい。そう思うと、何事も義務というよりか、喜んですることが大事だと思う。今は喜んでと、義務とが半々だろうか。クモやトンボ、蜂、鳥など、式場に時々出現することがある。すぐに追い出すようにしているが、出て行ってくれなかったら困りものである。なんせ天井がとても高いので追い出すのも容易ではない。

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フユ柿が当たった

冬柿ではない。富有柿である。先日、この地元にあるミニFMの放送で、プレゼントが当たる番組があって、それに初めて家内が応募した。まさか当たるまいと思っていたら、真っ先に当選した。それが富有柿であった。

鹿屋市、志布志市、肝付町を結んでおおすみFMラジオが放送されている。放送エリアは狭いが、大隅にとっては地域の情報や、交流に役立っている。月曜日から金曜日まで、毎朝8時半から10時まで、前原という女性のパーソナリティーによって結構にぎやかに番組は進められている。

朝9時半から10時の約30分間に前原さんが、日本地図を広げて、それに向って一本のダーツの矢を投げる。その矢が当たった市町村の役所や役場に電話をかけて、そちらの観光や名物、特産品などを聞いていく。まったくシナリオなしで、どこに行くかは運任せである。聞いていて実に面白い。

そしてそちらの特産品と、大隅のスポンサーの提供する物産品とを物々交換して、向こうのものはリスナーにプレゼントする仕組みになっている。家内はそれに応募して富有柿をめでたくゲットしたわけである。この柿は岐阜からやってきた。箱に入って30個。とても大きな柿でびっくりした。こんなにもらっていいのかな。

さっそく1個いただくととっても甘くておいしかった。近所や、知り合い、家族にもおすそ分けした。本当にうれしいプレゼントに感激いっぱいであった。「ダーツに聞いて」という番組だが、月から木まで毎日あって、金曜日に抽選がなされる。1週に4人が幸運を射止めるのである。味をしめて、これからも応募するかもしれない。

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ホリエモン

たまたまTBSにチャンネルを合わせたら、久しぶりに久米宏が出ていた。あれ、ニュースステーションは朝日系列じゃん。あ、そうか。今は報道ステーションか。古館やったな。古館になってからあまり見なくなった。決め付けの多い物言いにちと不安があるから。

ニュースはNHKで十分や。テレビタックルも以前はおもしろい番組やと思っていたけど、ただ単にやかましいだけ。結論は出ないし、それぞれが好き勝手に言いたいことを言い合っているだけでちょっとマンネリ化した感じだ。

ところが昨夜の「テレビって奴は」は少し面白かった。本来の生放送であれば、当然その日のビッグニュースを取り扱うはず。この日はオバマがアメリカ大統領に選ばれた記念する日であった。けれどそれにはいっさい触れなかった。

久米宏の司会で、出てくる人が堀江氏、東国原氏、カン氏(東大大学院教授)、福岡氏など顔ぶれがユニークであった。何よりも堀江貴文氏がまだ係争中ではあるが、テレビに久々に登場したので何を話すか興味深かった。だいぶ以前のような体つきで楽しているのかな、と思った。ブログを書いたり、ちょっと仕事をしているとのことだ。

まだ最高裁での裁判がある身なので制限されているのもあるだろうが、それでも今の心境や、ニッポン放送の争奪戦のときのことなど話していた。テレビとネットの融合では、テレビ画面にネットのアドレスをずっと載せられるようにしたかったのだと。結構それは容易でない。今でも制約があるようだ。

今の資産は?との問いにははっきり答えなかった。週刊誌は自分のことを書かれている時は、みんなウソばっかりと思って読むが、他の人の記事だとへえ~と思いつつ読んでしまう。これは久米さんの談だ。そんなもんかな?結構言いたい放題の生番組で面白そうだ。決められたことしか言えないワイドショーより幾倍もいい。

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アメリカの選挙

共和党のマケインか、民主党のオバマか。まさに世界中が注目した大統領選は圧倒的な強さでオバマが勝利した。黒人からの大統領は初めてのことだ。この選挙は確かに人種で言えばオバマは不利だったかも知れないが、選挙戦も終盤になるころにアメリカ経済を揺るがすサブプライムローンによって金融や経済が極端に落ち込んでしまった。

それが全世界に波及して、未だに株の暴落の影響を受けている。また、イラク戦争による米国の疲労感もあって、もうブッシュの政策はダメだと共和党支持者も心を変えたのではないか。若いオバマにかけてみよう、といった思いがアメリカ中に広まった。チェンジを訴えるそのフレーズに魔力もある。何かできそう。何か変化しそうだ。そう思うとオバマ支持へと翻るのも仕方ない。

アメリカのことと思っていても、日本はこれからも仲良く付き合っていかないといけない国だ。共和党か、民主党かといえば日本は共和党のほうが付き合いやすかった。オバマ氏がどれだけ日本のことを大事に考えるかわからない。北朝鮮に対して、中国に対してと外交面で日本のあり方を非難しそうな気がする。

だからオバマでよかったとアメリカ国内のように諸手で喜ぶことはできない。そうとう厳しいことを要求されそうな気もする。まあ麻生総理も早く友好関係を結びたいと願っているようだから、トップ同士が仲良くなることはいいことである。

アメリカの選挙は長い。2年間もかけてやるので重みが違う。日本も大統領選のように、総理を直接選べるようにすればいいのにと思う。

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栄枯盛衰

今日の朝刊はじめ、ニュースというニュースは全部トップに小室哲哉のことを持ってきていた。かつては高額納税者の4番目にいた人が、今は詐欺の容疑者として逮捕される。これほどのニュースはあるまい。それだけの人物であった。

1990年代は飛ぶ鳥を落す勢いで出す曲はほとんどヒットしていた。あまり好みだはなかったが、その勢いには驚かされたものだ。けれども21世紀に入り、あんまりテレビにも出なくなってその存在すら忘れさられようとしていたが、このときに違った形で世間の注目を集めようとは夢にも思わなかった。

栄枯盛衰というものがある。小室の音楽もいつまでも好まれるわけではない。いつしか別なものを求めるようになる。ニーズに応えるというのは容易ではない。それでも彼の才能、音楽家としての才能を上手に生かせておれば、今回のようなことはなかっただろうに。ほんとに残念なことである。

ワイドショーあたりはこの1週間、彼のあること、ないことをおもしろおかしく取り上げるだろうが、いい加減にしてほしい。ワイドショーは害悪である。知らなくてもいいことを平気で取り上げる。だから見ない。NHKのニュースくらいで十分だろう。まあ、明日からはアメリカ大統領選挙もあるので、そちらの方に時間は裂かれるだろうが・・・。

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幕末を思う

篤姫も終わりに近づいて来た。高視聴率のまま最後を迎えることだろう。徳川政権の最後が今上映されつつある。高校では15代の将軍を覚えさせられたが、それはそれは無味乾燥なものだった。将軍を覚えたところで入試にどれほど役立つか、と一人前に疑問をもったものだったが、詳しくはそれぞれの将軍の働きを知ることもせずに、ただ試験の点数を稼ぐために覚えただけの勉強であった。

今は家定、家茂、慶喜と幕末にむけての三代がとても興味深くて、その三代をつなぐ大奥の存在、中でも篤姫の存在が興味をもたせている。こんな薩摩の女性がいたことに驚きである。女の一本道。筋の通った生き方に共感するが、それが江戸時代において貫いたことで、さすが薩摩の人であると拍手したくなる。

篤姫はどちらかというと不幸を背負って生きていた。政略結婚?の末、将軍家に嫁ぐが、家定は一緒になって2年もしないうちに死んでしまう。普通であれば、新しい生き方を求め、故郷に帰るのだろうけれど、篤姫は残って大奥を守った。次代の家茂が年若かったこともあるが、母親のようにして支えていった。

家茂も若くして死んでしまう。それから慶喜が将軍になるが、もはや徳川家には力がなくなっていた。そして自分の育った薩摩や、長州などが徳川政府を打ち倒すべく決起して、慶喜に迫った。これからが篤姫の本領発揮といったところである。自分の幼馴染や、知り合いが敵となってしまう。小松帯刀、西郷隆盛、大久保利通。複雑な感情の中での葛藤。明治維新までのわずかなとき、いかに彼らを苦悩したか。新か守か。若き命に燃えた人たちのことを思う。世が世であれば違った生き方もできたであろう。小松と篤姫は結ばれていたかも知れない。

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丸い部屋

日曜日というのに、朝から都城に出かけることになった。この町にあるMホテルの式場で結婚式が行なわれ、急遽そこでの司式を頼まれたからである。ホテル付属のチャペルはあるのだが、もっと若者志向の式場をと新たに作られた空間が新しい建物の3階にあった。

キリスト教式だけでなく、人前式、その他、多様的に式ができるようになっている。丸い部屋に入って、しかも照明は暗く、薄ぼんやりした状態である。中央に司式者と新郎新婦が立てる円形の段ができており、周りは会衆によって囲まれている。

音響はマイクを使わない。奏楽者もなく、聖歌隊もいない。したがって賛美歌は歌わない。入場して、聖書朗読、式辞、説教、それから誓約、指輪交換、宣言、祝祷、それから退場で終わる。シンプルだけれどやはり物足りない。みんなにはプログラムも渡さない。

暗くて字が読みづらく、新郎新婦の名前を書いた字が読みにくかった。間違えたら大変と必死であった。さらにはマイクなしなのでいつもより声を大きく出した。そこで気づいたこと。円形で天井もドーム型になっていると、声がよ~く響く。自分の声がよく響いたので、ナルシスではないが自己陶酔しそうになった。

今度、教会を建てるときにはこのように円形でドーム型にしたらいいのではないか。いや、待て、そうしたらイスラムの寺院と一緒になる。勘違いされては困る。部屋の中にはロウソクがゆらゆらと20個、いや40個ほどか揺れていた。幻想的というよりか、なんか占いの部屋にいるような気にもなった。こりゃいかんぜよ。

とにかく何とか役目を果たせてよかった。片道1時間以上かかるので、行き帰りが大変だったが、いろいろと体験できてよかった。礼拝は午後からとさせてもらった。

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トリプルONE

今日は11月1日である。1が三つならぶ日。今日はいい日なのである。誰かが決めたわけでもない。自分で勝手にそう思っている。今日は朝からブライダルがあった。なんでも地元では実力者だそうで、今日の披露宴には5百名が来るとか。式にはそんなに入れないので、身内や親しい人だけが来るようだ。

それでも式場はいっぱいだった。実力者ということに恐れたわけではないが、少し緊張度がいつもとは違った。緊張して間違えたのではない。ただ、少しかんだりして。式のときにカメラマンがやたらと目の前をうろちょろして目障り。ビデオ2名、カメラ2名。いったい式を何だと思ってんだ。

何とか式がすんでほっとため息。5百名の披露宴はさぞかし大変だろうな。今どきはいくら多くとも2百名。普通は百名いかない。いっぺんに何組もやった勘定になるから、式場としてはうれしいことだろう。それでも人が足りなくて、臨時に調理場やウエイターなどを雇ったそうだ。

11月はいい月である。語呂合わせだけでなく、季節的にもいいし、あと残り少ないと思わせる月でもある。12月は師走。せわしない月になる。11月はちょっとまだ余裕の月。やり残したことを反省する月だ。雨もやんだ。いい天気になった。午後から、またリハーサルにいかなきゃならない。

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