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2008年10月

寒くなってきた

朝から曇っていたが、とうとう雨が降り出した。そのせいか、気温が低く寒くなった。まさかストーブを出すほどではないが、何か暖房がほしいくらいだ。まだ冬物を出していないので、そこいらにあるものを身につけて寒さを忍んでいる。

先日までは30度近い天気だったのに、半そででもいれたのになんという変化だろう。こんなんだったら、きっとカゼをひく人も出てきそうだ。他人のことより自分のことを心配しないといけないだろう。自戒も気持ち。

今週は班のゴミ収集所のカギ当番だった。火曜、水曜、金曜と三日の朝6時前にカギを開けにいかないといけなかった。いつもより早く起きて準備しないといけないので無事に起きれるかどうか、少々心配であった。家内は4時前には起きて仕事に出かけているので、カギ明けは自分の仕事であった。

心配だったので目が覚めると、まだ4時半だったり、5時だったりと時間よりも早かった。それでもう一度布団にもぐって目覚ましに起こされてカギを開けに行った。何とか役目を全うできてやれやれと思っている。それにしても、ゴミを出す人はマナー違反がいるものだ。空き缶、と危険物や金属類は区別が必要なのにみんなごっちゃに入れている。すると収集車は持っていかない。ずっとその袋は残されたままである。

もう何週間もそのままになって置いてある。前回も同じようなゴミがいくつか残っていたので、わざわざ当番ということもあり、そのゴミを分別してゴミ処分場まで班長さんに頼んで持っていってもらったことがある。それでも無くならない。公共のことを考えない人、迷惑をかけていることを何とも思わないのかな。残念である。意識が変わらないことにはどうしょうもないことである。

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見せしめ?

固定電話をNTTから別会社に変えたが、3ヶ月で解約して元に戻した。別会社は○○テレコムという会社だった。系列のインターネット接続会社に変えたら、すぐにその別の会社から「固定電話を○○にしませんか?」といきなり営業の人がやってきた。

そこでいろいろお話を聞いてお得な感じだったので、変えることにしたのだが、その人の契約がまだ完了していない内に、やはり同じ○○テレコムの別の営業所から電話があった。「○○にしませんか?」こちらはてっきり同じだろうと思い込み、その人とやりとりをした。途中でなんで同じことを聞くのだろ、とは思ったが電話ですませた。

程なく契約完了の通知がやってきた。それからいろいろあって、結局、NTTの方が今後のことでも便利だな、と考え直して○○テレコムとは契約を解消して、NTTに戻すことになった。そうしたら違約金が発生する。工事料がどうのこうのと言ってきた。違約金のことは契約時に詳しく聞いていなかった。そんな払えません、と何度も訴えたが、決まりですからの一点張り。

とうとう今月の請求書に、違約金、工事費一括とともに6千円ずつ。しめて1万5千円弱を支払うように書いてあった。なにがお徳だと言いたい。契約時には揉み手で誘っていながら、いざ解約となると見せしめのように違約金など取るのはいかがなものか。携帯もにた手法だが、こんなやり方でいくら顧客を増やしてもいずれは嫌われるだろう。もう二度とこの会社にはかかわりたくない。あ~大きな損失だ。これも勉強かいな。最初から変えなきゃよかった。つくずく。

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健診の結果

先月行なわれた町の健診の結果が今日わかるので、報告を聞きに出かけた。何もひっかからないようにと願いながら文化センターまで行った。受付で報告書と、白いプレートを渡された。ナンバーも入っている。なんやろ?

まずは広い畳の部屋で保健師による食事の取り方などの講義がなされていた。100名くらいはいただろうか。それがすんだら、白いプレートを持っている人は残ってください、とアナウンスがあった。わしやー。

プレートには受付ナンバーと、保健師さんに説明を受けてください、とあった。何かひっかかったな。仕方なく残って説明を聞いた。検査結果を見ながら、コレステロール値が標準より高い。悪玉菌が多いのである。昨年は少し下がったのだが、また少し上っていた。

一度、専門医にかかってみるようにとの判断であった。全然意識はないが、やはりコレステロールが多いのか。ちょっとだけの運動ではだめなようだ。もっと運動してなるたけ油分や脂肪の多いものは控えるようにしなければ。

メタボのほうはおかげさんでクリアしていた。内臓脂肪がつかないように、適宜適当な運動と食事に気をつけて値が下がるようにしましょう。100名の内に残った人は1割ほどか。みんなひっかかからなかったのかな。人の子とはどうでもいいことだが。

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式場を焼く花婿

実際にそのニュースを聞いて「うそだろ?」と思った。山梨で起きた事件である。結婚式の当日の早朝、いや未明に当日式を挙げる予定の新郎?が、火事になれば式がなくなると思って式場の一部に火をつけた。

火は大したこと無かったようだが、やがて犯人は捕まり、よく見れば今日、式を予定していた人であった。「どうしても式を挙げられない理由があった。」と警察で供述しているという。何故かというと、すでにこの御仁は結婚しており、奥さんもいる身である。

それなのになんで結婚式を挙げることになったのだろう。式や披露宴には親戚や知り合いを誘うだろうに、それまでになぜ発覚しなかったのだろう。考えて見れば疑問だけがわいてくる。相手の新婦にとってはこれほどのショックはなかっただろう。よくも今までだまし続けてきたものだ。

自分の奥さんも、その家族も驚きを通り越してあきれ果ててしまったのではないか。こんな話を聞けば誰だって「うっそー」と言うに違いない。放火はあまりにも稚拙な行為だし、それよりもなぜ式を挙げようという段になったときに、正直に話さなかったのだろうか。

優柔不断?そのことで、何人の人が傷つき、ショックを受けたか、わかっているのだろうか。まったくあきれた話である。どこでも起きるような話ではないが、ブライダル関係の方はくれぐれも気をつけて、日取りとかを決めないといけないように思う。

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除草剤

隣地が草ぼうぼうで荒れ果てている。ずっとそのままの状態で草や木が伸び放題、ひっついている土地の人は迷惑で、草が伸びて邪魔になったら鎌などで切っていた。木はうるしが自然に生えており、それも3,4メートルにもなってうっそうとしている。

夏場は風通しが悪くなり、蚊なども多く発生し迷惑この上ない状況だ。持ち主は全然現れることがない。やがては家を建てるつもりなのか、区画整理された土地なのだが、単なる雑草地と化してとても家など建てられそうにない。

そうしていると、今から一月ほど前の土曜日に突然、軽トラに大きなタンクを積んだ人がやってきて、いきなり噴霧器で薬をかけ始めた。あわてて窓を締めたのだが、一言断ってもいいものをと思った。草ぼうぼうの薮に向って霧状の水が吹きかけられている。防虫剤ではない、除草剤だ。

1週間ほどすると草が黄ばみ始め、枯れた状態になった。葉っぱをいっぱい付けていたうるしの木も、葉っぱは全部落ちて枯れ木のようになった。蔓がほうぼうまきついて誇っていたのに、みんな枯れてしまった。除草剤、枯れ葉剤、どちらも同じなのかわからないが、相当きつい薬を撒いたようだ。

われわれも草取りが面倒なので、夏場は庭の草に除草剤を撒いている。それでも数週間しか効き目はない。やがて新しい草がいっぱい生えてくる。除草剤を撒くのに抵抗があった。庭を歩き回る猫たち(どこの猫かわからないが)が病気になったりしないだろうか。今まで被害にあったという例は聞かないから大丈夫であろう。

枯れ木を目にすると、もう少し手入れしてくれればいいのにと思ってしまう。はた迷惑な地主である。 

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だんだん

 NHKの朝ドラで「だんだん」を放送している。マナとカナの二人っ子が再登場しているが、今回は大人としての彼女たちである。見分けがつきにくい一卵性双生児である。よーく見ると区別がついた。目の下に小さなほくろが目印。

さて、だんだんとは「おおきに、ありがとう」という意味だ。島根の方言だと、自民党の細田幹事長が国会で教えてくれていた。したがって、このドラマは島根が舞台になっている。出雲大社のある国で、10月になると全国の八百万の神々が出雲の地に訪れて、神の無い月になるから、10月は神無月という。出雲大社があるので島根だけは神あり月というのだそうだ。へえ~っと言いたくなる話。

島根と京都の祇園の舞妓さん達が登場する。舞妓たちは、何でもよく「へえ~」と言う。京都に住んでいたが祇園とは縁がなかった。京都の物の言い方は独特である。やはり京都は女性的な言葉遣いが似合う。

だんだんは出だしは視聴率が悪かったようである。だんだん良くなったなんていうと怒られそうだが、前の「瞳」が平均視聴率でワースト1ということで、朝ドラの人気に翳りが見え始めたのか。大河ドラマ「篤姫」は絶好調のようだから、何かが違うのだろうな。だんだんも二人の演技にかかっていそうだ。脚本も大事だろう。よーく研究していいものを作ってほしい。

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思い込み

朝のことだ。結婚式がチャペルで行なわれたので、予定の時刻に行った。式より1時間前が予定の時間である。するとたいてい同じ時間に来る聖歌隊が来ていない。一人だけ少し遅れてやって来ていた。後はどうなっているんや?

一人の人が慌てて他の人に電話していた。今日、式だよ。「えっ?うっそー。明日じゃないの?」そんなやりとりがあったようだ。明日と思い込んでいた。今からだった他の人は呼べない。呼んでも間に合わない。なんてこった。

辛うじて何とかピンチヒッターを立てて間に合った。いつもだったら、オルガニストの人がメールで確認してくるのだが、今回はなかった。まさか、とこちらも思った。勘違いは誰にもあるものだが、司式をする人が勘違いで日にちを間違えて来なかったなどとなったら一大事だ。式場もあきれて、あたふた大慌てであろう。

そう思うと聖歌隊の認識が甘いといえる。いつでも替えがきく。司式者はいつでも替えがきくわけではない。だから穴を開けてはならないのだ。責任は重大である。今日は何事もなかったかのように無事にすんだ。まあやれやれといったところ。10月も末なのに、まだ半そででいれる。この暑さはなんなんだ。

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となりの猫

お隣に飼われている猫は小心者である。物音にびっくりしてすぐにどこかに隠れる。また、男の人を目にすると急に小さく固まって動かなくなる。お隣のおばさんが一日に何度か散歩させるのだけれど、逃げ出すと厄介ということで、外に出ると必ず首輪にひもをかける。

ひもをかけて散歩するので、最初は犬かなと思っていたら猫だった。家内がいてもその猫は平気なのだが、男の私が登場するや動かなくなる。いくらひもを引っ張っても引きずられるだけで、動こうとしない。よほど恐いのかな。厭なのかな。猫にまで嫌われてしまったか。

だれでも男の人に出くわすと固まるそうだから、私だけではないとのこと。それでも猫はどうやって男と女の区別ができるのだろうか。髪の毛か。顔か。声。それとも服装。いや人相か。そんなに悪い人相ではないはずだが。猫の言葉があれば聞いて見たい気がする。

わが家にいる3匹の猫。母親猫は今でも自分にはなつかない。近づくと離れようとする。その子どもたち2匹はオス猫だが、どちらもなついてくる。あまりなつきすぎて、手を出すとぱくりとかんで来る。痛くはないのだが、急にかむのでびっくりする。いつも何を考えているのか。思想家のような面をしている猫たち。いっぺん聞いてみたい。

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くるし~い

昨日、父の車を運転して日置市伊集院まで行って来た。何度も乗っている車だけれど、昨日は運転中にだんだん胸が苦しくなってきた。そして頭のほうがぼーっとして、息苦しい状態になった。車の中が酸素不足かな、と思い少し寒かったけれど、窓を少しあけて走った。

それでも息苦しいさは変わらない。走っているうちに気を失うのじゃないかと心配になってきた。片道2時間はかかる距離である。時間も朝6時スタート、眠さと息苦しさで最後までいけるか不安でならなかった。

途中、桜島から鹿児島市内までフェリーに乗る。フェリーの中はゆっくりと休むことができる。時間は15分くらいだが、ちょっと車を出て外の風に当たろうと思った。出た瞬間に「あっ!」と一人の男性と目があって声を出した。中学時代の同級生M君ではないか。こんなところで会うとは奇遇である。彼は主張で長崎に行くらしい。少し話をして別れたが、息苦しさは忘れていた。

フェリーを下りてから、さらに30分ほど走って目的地に着いた。病院だったのだが、用事がすんで帰るときに考えた。なんで息苦しくなったのだろうか。いろいろ考えた末に思いついた。シートベルトではないか。やはりそのとおりで、シートベルトが胸を締め付け、気道を押さえていたようだ。少し位置を変えたら息苦しさがなくなった。なあんだ。そうだったのか、もっと早くわかれば苦しまなくてもよかったのに、と。ときどきこんなことってあるもんだ。

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暴力団追放

鹿児島市の西千石町に暴力団組事務所がある。今日も伊集院に行くためにその前を通った。3階か4階の建物である。ここに事務所が出来てから地元の人たちが追放運動を繰り広げて来た。

ところが昨年のこと、追放委員の会長が、何者かに襲われ、お尻を刃物で刺される事件が起きた。その組事務所が差し向けた人が犯人であった。そんな事件があってから、ますます追放運動は熱心に行なわれている。会長もひるむことなく、現在も先頭に立ってシュプレヒコールを挙げている。

今日も通りながらあたりを眺めていると、警察官が防弾チョッキをつけて見張っていた。24時間態勢で見張りを行なっているらしい。今は組事務所には誰もいない。引き払っており、聞くところによると建物はすでに売却したとか。それでも地元の人たちは信用していない。その建物がなくなり、更地になるまで運動を続ける構えだとか。

鹿児島に限らず、全国で同じような問題はあると思う。一人の声ではどうすることもできないが、住民が一つとなって粘り強く声をあげ続ければ、きっと事態は動くはずだ。平和で安全な生活をおくれるように、だれでもが願っていることだ。

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サムソン

今朝お祈りして思わされたこと。サムソンはどうか。彼は評価に値する人物か。ダメな生き方をした人か。

信仰の目で見れば、サムソンはすばらしい最後を遂げた人である。しかし、同じ信仰と言っても潔癖症の人から見ればダメな人となる。

信仰する人は酒もだめ、たばこもだめ、かけごと、女あそび、みんなだめ。だめで縛った世界が信仰であれば、サムソンは真っ先にダメというレッテルが貼られよう。

人は完璧ではない。弱さを持っている。サムソンのような失敗をする可能性はある。それを認めないといけない。人の評価はできても自分には甘くなることがある。同じように評価しないといけない。

サムソンは怪力の持ち主であった。神が特別に能力を与えておられた。しかし彼は力の秘密を愛人に打ち明けて、敵によってその力を奪われてしまった。そうして敵によって捕えられ、目を抉り取られ、みんなの見せ物(笑いもの)とされてしまった。それで終われば彼の人生は最悪である。

力の源である髪がやがて生えてきて、彼は大きな宮の中で、その支柱に手をかけて思い切り力を込めて、その柱を引き宮を倒したのである。そこにいた数千の人たちとともに命を絶った。彼の最後に多くの敵を滅ぼすことができた。

負けても勝つ。どんな酷い、みすぼらしい形でも最後に神の力を発揮して敵を倒す。かっこ悪かろうがそれが彼のスタイルだった。そう思うと彼はすばらしい。見た目だけよくて中身のないのであればNGである。なにくそという、雑草のたましいを最後までもちたい。

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祝・誕生日

西宮にいるS姉の誕生日。少し過ぎたけれどおめでとう。最近はメールのやりとりも、手紙のやりとりもなくて元気にしているだろうか、と案じている。こちらからは月に一度手紙を送っているのだが返事はない。

自分の生活がいっぱいっぱいであれば他のことまで考える余裕はない。自分も京都に学生でいた頃は、田舎のことはあんまり考えることがなかった。便りのないのはいい便り、と思っていた。しかし田舎の親はきっとちゃんと生きているだろうかと毎日のように心配していただろな。自分がそんな立場になって、初めてわかることだが、きっと心配したことだろう。

S姉も大阪でバイトをしながら生活している。時々は風の便りを聞くこともある。8月には直接会うこともできた。これからどうするつもりか、と話したが、はっきりとした答えはなかった。いっぱいいっぱいの生活では急に変えることも容易ではない。けれどこのままでいいとも思えない。いっそのこと田舎に帰ればいい。それもできない。

地方は思った以上に疲弊している。仕事はない。自分の思うような仕事につける人はほとんどないのだ。そこが問題。地方間においても格差があるし、いざ生活するとなると二の足を踏むことになる。だから強く言えない。

21歳の誕生日、おめでとう。これからの歩みをさらに主が祝福してくださいますように。

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8つ当たった

今年のやぶさめは9本中8本が的に当たった。そのうちの1本は中央に命中したそうで、実にめでたいとラジオで言っていた。地元のミニFMが実況中継をしてくれていたので、そこに行かなくとも状況がよくわかった。

射手が弓が上手で、命中率が高いと練習のときから言われていたそうだ。実際の本番でも実力を発揮して8本を当てた。9本全部は当てたらいけないということになっている。つきが落ちるというのか、とにかく1本は外すのがいいらしい。

来年度の米の豊作、農産物の豊作を祈願した神事なので、キリスト教的には、そこまで信じることはしないが、みんなが喜んだのであればそれでいいと思う。毎年、この時期に行なわれる行事ではあるが、この神事を町あげて行なっている。したがって町の職員たちも動員される。日曜もなにもない。総動員である。政教分離の意識はここではない。年中行事ということで、慣習化されている。

町内外からおよそ5万人がやって来る。今年はどうだったかは知らないが、例年それくらいの人が訪れる。今年は参加することはしなかった。結局、ラジオで中継を聞いただけで終わった。何年か前までは、町民の家族に1枚抽選券をくれていたが、それも財政難からなくなった。1回抽選すれば千円の商品券は少なくとももらえた。うまくいくと3千円券とか、5千円券とか、1当は10万円の商品券をゲットできる。もうなくなったので、よけいに参加者は少なくなった気がする。

8つ当たったから、八つ当たりしてはいけないが、町民の楽しみがなくなって盛り上がりがイマイチなくなったようにも思う。規模を小さくしてでも抽選は復活してほしい。

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やぶさめ

明日19日は町内の年中行事、やぶさめ祭りの日である。毎年10月の第3日曜日と決まっているのだが、明日はどれくらいの人がやってくれだろうか。やぶさめそのものは午後2時からはじまり、9本の矢を9つの的に馬に乗って走りながら射るのである。

射手は中学2年生の地元の男子生徒と決まっている。今年も中2の男の子が選ばれた。今では猛特訓をして馬にも慣れたことだろう。練習のときには人はいないが、本番になると人が沿道にあふれる。奇声をあげたり、フラッシュをたいたりすると馬がびっくりして暴れることがある。以前、それで落馬して病院に行ったこともあった。

明日は大丈夫だろうと思う。午前中は近くの高山川河川敷で魚つかみ大会とか、球投げ、綱引き、量目当てなどのイベントがある。われらは礼拝なのでやぶさめは見れるが、午前中は参加したことがない。やぶさめが終わると、地元の人たちによる踊りが繰り出す。はんや節とか、ひょっとこも出る。明日の天気は大丈夫だろうか。今まで雨でできなかったことはないいように記憶する。

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家の化粧直し

壁の塗装工事が今日の段階で終わる予定だ。今日は吹き付けをやっている。二階のほうからやって、午後からは下の階になる。外に出て見ると、屋根と天井の裏手はクリーム色になって、横の壁はピンク色の混ざった色だ。

誰の趣味か知らないが、ちょっとピンクはないだろうと思った。薄いピンクというより濃い目の色で2色にしている意味がわからない。今までは白一色だったが、白は汚れが目立つということで、多少の汚れがあっても目立たぬ色として今のピンクになったようだ。

こちらの意見は聞かれることもなく進められたようだから文句はいわない。しかし、住んでいる身にとっては少しは聞いて欲しかったな。慣れてきたら普通に感じるかしらんが。

それにしても長い作業だったな。養生シートを窓全面にかけられて、密封されていたので息苦しいといったらなかった。われわれを窒息死させる気か!とうらみ節も出る寸前だった。やっとシートがとれて深呼吸ができた。中にいる分は今までと全然変わりないので、外の色がどんなだろうと意識はしない。外から帰って来たら、やっぱり意識はするだろうが。

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ウォーターパール館

久しぶりに大隅広域公園に行った。そこの近くにある「レストランつわぶき」で昼食を食べたかったからである。公園は小学生たちが一日遠足だろうか、大勢来ていた。まずつわぶきに行き昼食を取った。みそうどんセットを注文した。

駐車場は広いのだが、人気があるのか次から次へと車が入って来る。みそうどんはにんにくも入っているのかダシがきいていた。結構おいしかった。食事が終わってから、公園に行き散策した。子供たちはボールを蹴ったり、かくれんぼしたりと元気よく走り回っていた。

天高く気持ちが良かった。そこを後にして、同じ町内にあるウォーターパール館へ行った。以前、テレビで紹介していたのを思い出したからだ。5キロくらい走るとそこに着くことが出来た。

ウォーターパールとは、流れる水を特殊な音波で調整して、丸い球の水を作り、それが落ちたり上ったりするようにできるのである。実際に目にした時に、なんて神秘的だろうかと思った。水玉が止まっているように見えるが、触ってみると、ただ水が流れているだけである。不思議だがそのような不思議な空間を体験できた。

この館ができて、まだ3年もたたないようだ。知る人ぞ知る場所である。できることならもっと多くの人に来て欲しいものだ。ただ入館料が300円である。高くはないが、水玉を見るだけの空間なので、できればもう少しバラエティーに趣向を凝らしてみせてくれればいいのにと感じた。この状態だとリピーターは少ないだろうし。

科学に興味のある人、芸術に興味のある人はぜひ見る値打ちはある。少し遠いが行楽をかねて参加すればいいと思う。

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病院は時間がかかる

朝起きてしばらくするとお腹の活動が始まったのか、急に変な気分になった。何だろう。この感覚は。体を気だるい感覚がまわっている。倒れるんじゃと思いつつじっとしていたら、何とかおさまった。朝の祈りの時間の出来事である。

朝食は取らずに、体のことを気にしていた。やはり病院で診てもらおうと思い立ち、近くの医院に出かけた。すでにいっぱいの人たちが来ていた。受付を済ませると、係りの人が「時間がかかりますが、いいですか。」と尋ねた。「どれくらい待たないといけないですか。」「1時間30分くらいでしょか。」「いいですよ。」ということで椅子に座って待つことにした。

実際は2時間以上待たされた。なかなか名前を呼んでもらえない。自分よりも後に来た人が先に呼ばれているようで、いじわるされているのかな?と思ったり。後に来た人は、実は先に来て予約している人たちである。だからいじわるではないのだが、待つ時間は延々と長く感じるものだ。

やっと自分の番が来て診てもらったら、触診、聴診、など。後は聞き取りで結局それで終わり。何かあったら本格的に検査して見ましょう。もう少し様子を見てからにしましょうかね。ハイ。それで終わり。医者といえどもわかってもらえない。少々のもどかしさを残して病院を後にした。時間と診察料がもったいなく思った。状態を伝えるむつかしさ、わかってもらうことのむつかしさを感じた。今は普通の状態なのでよけいにそう思った。

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長いなあ

家の塗装工事がまだ終わらない。もう3週間になるのではないか。足場を組んでずっとそのままにされている。洗濯物も干せないと妻はぶーぶー言っている。実際、外で作業されるので窓を閉めて、カーテンまで閉めているので部屋が暗く、空気までよどんだ感じである。

今日は少し塗り始めたようだが、今までは水で洗ったり、ひび割れたところを補修したりと時間がかかっていた。途中に二回ほど台風の接近があったりしたことも長引く原因ではあるが、これではまともな生活が出来ない。早く終わってほしい。

昨日、長男と電話で話をした。私の姉の家族が大挙して長男宅に遊びに行ったとのこと。姉は愛知県にいる。愛知から京都まで8名が行ったのだから、さぞかしにぎやかだっただろうなあと思い、電話してみた。一緒に嵐山まで行ったとか。それにしても、姉のところは仲がいいものだ。子どもたち家族も一緒に行動する。いいことである。

今は個人主義の人が多い。家族でも個人を重んじて、兄弟とか親子よりも自分を中心に動くのである。つながりを重視しない。そんな人が増えた。しかし、やはり絆は大事だ。いざとなると頼りになるのは、親であり、兄弟姉妹であり、子どもである。だからというのではないが、親子、兄弟、家族は大事にしないといけない。姉たち家族は上手にいい関係を保っている。息子たちも見習ってほいいものだ。自分も倣っていかねばと思っている。

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葬儀に参列して

朝9時から葬儀が近くの斎場で行なわれた。遠い親戚になるので、参列することにした。朝9時はさすがに早い。近くなので歩いていくことにした。10分ほど前に行くと、両親や親戚の人たちはすでに来ていた。時間までいろいろな話しをした。

時間になって葬儀が始まった。司会者が低い声で話す。ここの人たちの特長なのか低い声でゆっくりと話す。葬儀には低い声が合うのか、さてどうだろう。その後、お坊さんが入り、お経を唱える。坊さんは同級生で自分もよく知っている人だ。宗教の違いはあるが、お互いそれは尊重しあって親しくお付き合いしている仲だ。

坊さんの独特の声、だみ声というのか、浪花節のような発声と、まったく意味がわからないお経に長々とつき合わされる。20分経過した。それからさらに10分。その後、雅楽が入り、おや終わりかなと思いきや、まだ続いた。それから、各人による焼香に入った。親族は個人名を言って焼香する。近い親族が終わるとあとは自由に焼香へ入る。

全員が終わって、もう少し読経して葬儀は終わった。それから、告別式に移った。本来であれば故人の写真などを見せるのだがそれはなかった。ただ、弔電披露が行なわれ、これが延々と続いた。しかも某製鉄所の電報だけで数十件あって、そのたびに株式会社某製鉄所と言うものだから、いいかげん聞く方も疲れた。あれは適当に短くすればいいのにと思った。故人とは関係ないし。おかげで出棺が遅れて、最後は急いでバスに乗ってください、遅れていますので、とせかす始末。それだったら式を短くする工夫をすればいいのにと思う。

終わってから、坊さんのTくんと少し話した。またMさん。Mさんの子どもさんがわが教室に3人とも来てくださっていたので話をしたら、TさんもMさんを知っておられて子どもさんの話しになっていった。Mさんの次男くんは近く結婚するそうだ。わが次男と同級である。早いな。熊本にいるらしい。お兄ちゃんのSくんも早くに結婚しているから、早いのか。そんな会話をしながら分かれた。

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ちと多忙

朝8時から礼拝を持った。今日は朝と昼から、計3組の結婚式がある。礼拝時間を早めるのは抵抗がなかったわけではないが、仕方なく変更した。昨日から風邪気味で、朝起きても喉は痛いし、体中がこちこちになった感じがした。

朝の礼拝がすむと、急いで式場に向った。どういうわけか、式場の方が式を10時30分を二組セッティングしてしまっていた。係りの連携がうまくいっていない証拠だが、前も何度かそんなことがあった。最近は少なくなったのは、式自体が少なくなったからだろう。とにかく15分前倒しして、後の組は15分遅らせてと調整して始めた。おおわらわである。何とか無事に終わったが、その後家に戻って昼食をすませ、今度は昼の分のために別の式場に赴いた。

決して体調は良いわけではなかったが、何とか無事に終えることが出来た。聖歌隊の方が、「緊張をゆるめることができませんね。」と言ったが、まさにそのとおりで、式の間中絶えず神経を集中しておかないといけないので、そうとう体も固くなってしまっている。家にもどると心身ともにくたくたである。それでも二人を祝福することは何にもまして喜びとなる。今日は少し忙しかったが充実した一日となった。

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風邪かいな?

朝起きると喉が痛い。頭もじんじんとする。寒気までしている。これは明らかに風邪の兆候だろう。今日は午後から結婚式がある。寝ている場合ではない。けれども肩や、背中、腰と全体的に痛む。これはいかんな。こじらせてはならない。けれど結婚式の司式をするのに汗臭くては失礼になる。がんばってシャワーに入り汗を流した。

午後から式場に出かける。一時間前には来ておくようにといわれている。式までの一時間が長いのだ。今日は新婦のお父さんが遠方から来られていたので、事前の練習ができていなかった。それで、少しの間、お父さんのために練習をすることにした。

時間になったので、いざ結婚式を挙げた。とても暑くなった。外も暑いのだろうけれど、中はすごく暑くて体中から汗がにじんできた。冷房は入っているはずだが、汗が手のひらにもべっとりとついた。何とか式は無事に終えた。

式が終わってから、外の階段でフラワーシャワーを行う。そのとき、一人の青年が自分に話しかけて来た。息子の名前を言って、同じ高校の一つ上だと言った。今は息子さんはどこにいるのか、と尋ねたので答えたが、こんな所にも知り合いがいるんだと驚かされた。司式をする牧師ということで、人に知られる存在であることを、もっと認識しなければならない。何とか無事に式も終わり、家に帰ってくることができた。

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50代での死

50代半ばを過ぎたある女性がガンで亡くなったことを知った。京都にいた頃に教会に来られていた。われらが京都を離れてからは、結婚をされてある地方に移られた。その後のことは何も知らなかったが、先日、召されて、ちょうと牧師のセミナーがあるときに、召天式が行なわれた。もし、スケジュールが重なっていなければ葬儀に出たかった。しかし、無理だったので参加はしなかったが。

まだ年齢的には若い。けれども必ずやってくるのが人の死であることを教えられた。病気で亡くなるのか、事故で亡くなるのか、それはわからないが、確実に死はやってくる。ありし日の彼女のことをいろいろと思い返してみた。一時期、教会生活をやめておられたが、もう一度復活された。とても聡明な感じの方であった。結婚をして幸せだったはずなのに、病気がすべてを失ってしまった。

人はいつかは死を迎えなければならない。自分だって、そのうちにと考えているが、意外と早くそのうちはやってくるかも知れない。ただ、死を迎えるときに本当に幸せな一生だったと言えるならそれだけでいい。自分にかかわってくれた人々に対して「ありがとう」と言って最期を迎えられたらそれでいい。後は主のみもとに行くだけだ。

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元気だった

滋賀の家内の実家に行った。家内の母が85歳になるので元気な時に会っておきたいと思ったからだ。京都の息子のところにも行きたかったが、両方は無理なので今回は義母のところを選んだのである。

城陽から京都駅まで京都の先生に乗せてもらった。来年の夏期聖会のことも気になったので、少しでも話をしようということで、車の中で話した。しかし、多くは献堂聖会での話が中心になった。

京都駅から能登川まで、新快速に乗ろうと思ったが、時間的に普通しかなかった。それにのって夜8時30分に駅に着き、迎えに来てもらった。義母のところに行くと義母は思ったよりも元気であった。ちゃんと自分のことも覚えてもらっていた。だんだんと年を重ねると体が衰える。いつまでも元気でいてほしいと願うが、やはり衰えるのは自然の流れである。元気な義母を目にして、会えてよかったとつくづく思った。

翌朝、デイサービスに義母は出かけた。自分の見送ってから、能登川まで送ってもらい、伊丹へと向った。能登川までの道中、五個荘の町を車でまわってもらった。古い町を通って、近江商人の発祥の地ということで今も人気があるらしい。観光客が散策に訪れると聞いた。時間があれば歩くのにな、と思いつつそこを後にしたのである。

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家の教会

教団のセミナーは午前中で終わった。昼食を取ってから、すぐに城陽の方に移動した。それぞれ車に分乗しての移動だ。自分は高松の先生に乗せていただいた。道すがらいろんなことを話した。政治にことや、経済や暮らし。教会のことはもちろんだが、世事についての意見を伺うのも貴重なことであった。

牧師は信仰だけ語ればいいのではない。もっと世の中のことや、動きを知らないと取り残されてしまう。信仰的は判断も先輩からのアドバイスをいただくことが大切と思わされた。

城陽に同じ群れの教会がある。家を開放して教会を持っておられる。今年、一部を広げてリニューアルされたので、その献堂聖会を持つことになったのである。みんなで参加して新しい部分も今までの分も、どちらも初めて見るので区別はわからなかったのだが、とにかく多くの人たちとともに聖会を持てたことはすばらしいことであった。

なじみの顔ぶれ、久しぶりの人たちも参加しておられた。家といっても住宅街である。周りは立派な家が建っている。騒音の苦情は出ないのだろうか。少しイメージとは違ったが、自分の家を教会として使うこと、それは自分を教会にささげるようなものである。一人でも新しい人が導かれるように願った。祝辞やメッセージにも励まされた。

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さんふらわに乗って

志布志から大阪までフェリーさんふらわが出ている。今回の大阪行きはさんふらわにした。夕方5時55分に出航、翌朝の7時40分に着く。乗船したのが5時前だった。さっそく寝台のところに荷物を置いて、しばらく横になった。

それからやおら立ち上がり、風呂に行った。もうすでに何人かが入っていたが、体を洗い、浴槽に入ってくつろいだ。それからサウナにも行く。船はまだ出てはいなかったが、入っているうちに動き始めた。風呂からあがるともう一度寝台に戻り、途中のコンビニで買った弁当を広げて食べた。

それからすることもないので横になっていたら、いつのまにか寝入っていた。それから本格的に寝て、夜中に揺れる船体に何度か目をさめたものの、そのまままた寝ていた。途中に一度トイレに行ったが、それからもまた寝た。5時過ぎに目覚めて、まだ早いとまた寝た。6時半過ぎになって、あと一時間で着くと思ったら、急に朝ご飯を食べたいと思い、食べて荷物を整えて7時15分頃には、エントランスの所に行っていた。気が早いのは生まれつきだが、いくつになっても変わらないものである。

椅子に座って、そこにいる数人と一緒にテレビのニュースを見ていると、緒方拳が亡くなったことを報じていた。一同「えっ!」と驚きの声。まだ早いという印象が強い。病気を隠して役者を続けていたようだ。すさまじいものがそこにはある。

フェリーから下りて、大阪市のニュートラムに乗り、住之江公園から地下鉄に乗る。梅田に行って、JR大阪駅から湖西線の北小松まで行く。相変わらず人は多い。湖西線になると人はずーっと少なくなる。北小松を下りて、歩いて同志社のリトリートセンターまで歩いて行った。30分はあったか、最期はきつい上り坂で何度も立ち止まった。着いたらとてもすてきな建物が見えてすばらしかった。ここでわが教団のセミナーが行なわれた。

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誕生日

今日は姉の誕生日である。もうすぐ赤いおべべが話題となる年になる。われながらそんなに年を取ってきたのかと驚くが、自分も同じように年はとっているのは間違いない。かつて50歳といえば頭も禿げて、顔はシワだらけ、白髪も多く本当におじいさん、おばあさんといったイメージが強かった。

自分が、いざ50を超えるとそんなイメージはない。少なくとも自分へのイメージはない。傍はどう見ているかは知らないことだが。姉は何かにつけて自分よりも先を行っている。年は当たり前であるが、人生の先輩として先んじているのである。何よりも信仰においては一歩も二歩も先を行っている。いまだに姉から教えられることが多い。

日本では教会も少ないし、クリスチャン人口も少ない。そんな中で兄弟姉妹が同じ信仰を持てることはとてもさいわいなことだと思う。家族内において理解しあえるからである。一人だけクリスチャンだと、理解がなくて非難されることが多いのではないか。風雨に耐えられなくなって離れるようなことになると困る。誰かが支え、守ってあげないといけない。兄弟姉妹が同じ信仰に立つことは何にもまして心強い。

いつも陰で祈ってくれている姉夫婦に感謝する。朝も5時過ぎには起きて教会に行って祈りをする。ひとりひとりの名を挙げてとりなして祈るのだ。祈ると神の御手が働く。祈っていると心の不安がなくなる。確信が与えられる。だから祈るのだ。われわれもどれだけそのような祈りによって支えられてきたか知れない。姉よ。お誕生日おめでとう。いつまでも、健やかでありますように。祝福をお祈りします。

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ありがとう

せかいじゅうのしゅうかくを

  神さま、ありがとう。

  かり入れのために

はたらく人たちをありがとう。

  おみせにたべものを

ならべてくれる人たちをありがとう。

みんなでなかよくたべるたべものを

  ありがとう、神さま。

ぼくたちのやさいばたけのしゅうかくは

  とてもすくないけれど、

でも神さま、すこしでもあったことを

  かんしゃします。

  (小さなおいのりのたびより)

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後追い

ニュースを見ていると、韓国で有名な女優がネットの書き込みを苦にして首吊り自殺をしたそうだ。最近は、韓国ドラマも見ていないし、冬ソナまでで熱も冷めた感があったので、そんな女優がいたのかぐらいの感覚だが、ただ驚いたことに、韓国では有名な人、特に女性が自殺する率が高いようだ。

昨日、教会で葬儀が行なわれて、韓国の有名人たちが最期のお別れをした。結構クリスチャンが多い国なので、俳優や歌手にもクリスチャンが多い。ただ、教会では「なんじ殺すなかれ」という戒めから、人殺しを禁じている。それは他人だけでなく、自分の命も勝手に殺してはならない、とより広げて解釈して、自殺を容認していない。それでも死にたいと思わせる病巣みたいなものが韓国社会にあるのだろうか。

ネットの書き込みは、実に酷いものだと聞く。その人にかかわりのない人が非難中傷して、早く死ねと言っているような内容があるそうだ。死んだら、よくぞ死んでくれた、と全くの犯罪であるが、有名人をターゲットにたくさんの書き込みがなされ、それを見たら生きる希望が失われてしまうのだ。日本でも2チャンネルなどで似たようなものはあるようだが、そこまで酷くはない。ネットという匿名性ゆえの犯罪である。

今回も後追い自殺のような死に方が4,5件あったそうだ。とても信じられないことだが、韓国では首吊りの道具がわかれば同じものを使って死ぬケースがある。後追い自殺。人の命がいくつかあればいい。しかし命は一つしかない。そんなバカなマネはやめなさい、と言いたい。韓国では一年に1万3千人くらいの人が自殺する。日本は3万人を越えている。理由はさまざまだろうけれど、自殺しない国にしないといけない。

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巻き添え

大阪難波で起きた個室ビデオの火災事故。死者が15人も出たので驚いた。田舎に住んでいると、個室ビデオそのものも知らないし、聞いたこともなかった。深夜の3時前に40代の男が「生きていてもつまらない」と自殺するために、新聞紙に火をつけたら、燃え上がってソファーに燃え移った。犯人は慌ててその場を逃れて無事だったが、近くや奥の部屋で寝ていた15人は帰らぬ人となった。

見取り図を見ると、狭い部屋だ。そして通路は極端に狭い。ドアを開くと通路を遮断してしまう。こんな所によくも寝ているものだと思うが、1泊1500円は確かに安い。亡くなった人たちの年齢は30代が最も多く、40代、50代となっていた。まだ身元がわからない人が数名いるとのこと。お金があればこんな所に宿泊しなくてもよかっただろうに。ネットカフェとか、マンガ喫茶とか、似たようなものもあるが、事件が起きてから安全の問題が点検されるが、ほとんど無届で営業しているのではないか。

ホームレスのように外に寝るよりは、まだましなのかも知れない。今の日本社会を端的に表している。弱者のことを政治家はもっと考えないといけない。弱肉弱食の時代だそうだ。あの犯人によって殺された人たちは本当にかわいそうでならない。こんなところで最後を迎えるなんて誰も思わなかっただろう。強い日本を望む。麻生総理何とかしてください。

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あれから、もう40年

あれから40年とは何のことだ。実はあの年の10月1日の夕刻に、家の手伝いで当時飼っていた牛のえさを作っていた。草を機械で短く切っていたら、最後のほっとひといきついた瞬間、考えられない事故が起きた。自分の手をローラーに巻き込んで、手の半分を切断してしまったのだ。

あっというもの出来事である。わざわざ動力の発動機と機械をつなぐベルトが緩まないようにきつく締めていた。そして滑り止めを塗って空まわりしないように塗っていた。その日に事故は起きた。瞬間の出来事は俄かには理解できないものである。自分に起きたことに理解できずにパニック状態で大声を上げたのだけは覚えている。大声を上げたので母が気づいて駆けつけて来てくれた。それから近所の人に、といっても結構近所は遠く数百メートルは離れている。近所の人が駆けつけて助け出してくれ、止血をしてから、近所の人の車で病院に連れて行ってもらった。救急車のない時代である。

夕方のこと、病院も終わっていただろうが、町内のU病院の院長が処置をしてくれた。そして18日ほど入院した。大けがをしてから人生観が変わった。平凡な生き方ができない。暗く、悲観的な思いが強く、大きく雲のようにのしかかって来た。高校を卒業するまで、自分の人生に希望が持てなかった。卒業後に田舎を離れ、愛知に行った。そこで教会に行き出して、イエス・キリストを救い主と信じた。人生観が新たになった。希望を持って生きることができた。40年の歳月。不幸な事故が起きて、自分の人生は変わって行ったが、そのことがわが家族にとって主の祝福へと変わってきたことを思うと、感謝するしかない。決してうらんだり、悲しんだりはしない。感謝するのみだ。

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肩透かしだった

台風15号が九州南部に接近と、台湾を直撃したあたりから予報していたので、これはすごいことになると、とても心配していた。台風では65メートル以上の暴風雨が吹き荒れて、人さえも吹き飛ばしている映像を見せられた。余計に脅威に映ったのである。

そして今日の夜中か、朝方に鹿児島に最接近ということになった。しかし、朝方になっても雨が降っていないし、風はそよとも吹いていなかった。間違いなく近づいているんだろうなあと疑いたくなったが、台風情報では強風圏内に入っている。暴風域はなくなっていた。

結局、それからも雨はなく、風もほとんどなかった。気合を込めて通過を待っていたのに、本当の肩透かしである。予報よりは南に逸れて通過していたが、これだったら普通の雨とほとんど変わりなかった。被害もそんなに出なくて、とにかくよかった。もう台風は起きてほしくないし、来て欲しくはない。やれやれである。

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