鹿児島へ

鹿児島の市内の教会で牧師会が行なわれた。それに参加した。朝8時30分ころに出発して11時前に着いた。あいにくの雨が出かける前から降っていた。天気予報では雨とはなっていなかった。曇りだったはずだが、この雨は何?

桜島を通ってフェリーに乗って市内に入る。桜島が噴火しないか少々の不安はあった。しかし雨が降っていたし、多少噴煙が落ちても雨で流される、と思いながらの運転だった。

今日の牧師会は少し参加者が少なかった。宮崎の先生方の参加が少なく感じた。宮崎の若い先生夫婦たちはとうとうタンザニアに行かれたと聞いた。一家で約1年間、タンザニアの地方で聖書の話をされる。

ガジマ先生のもとでいやしとよみがえりを体験される。死人のよみがえりは体験したことがない。日本ではめったにないことなので、本当かなと疑うわけではないが、思ってしまう。熱き思いでタンザニアに行かれた。きっとすごい成果を聞くことができるだろう。

今日もそれぞれの教会のために、牧師たちのためにともに祈り合うことができた。昼前には雨もやみ、すっかり晴れていた。そして暑いくらいだった。もう11月なのに。

|

記念会

今日は教会の信徒のご主人の記念会を礼拝の中で持った。天に召されて20年以上が経過しているが、信徒のTさんはずっとまじめに教会の礼拝を守り続けておられる。一人暮らしであるが、さびしいことはないと話しておられる。

記念会ということでTさんの親族の方も何人か見えた。久しぶりの方とも会った。ご主人に対しては面識がなかったので、Tさんの思い出話でしか窺い知ることはできないのだが、Tさんのキリストに対する信仰には深く理解して、また協力して来られたようだ。

キリスト教では何回忌とかいった表現はしないし、定期的にそのような集まりはしていないが、それでも故人を偲ぶときはこのように持っている。また、この機会に、死とか、永遠とかについても考える時にしたい。

一緒に食事をして、礼拝の中で記念会も持っていった。その後、教会のお墓に行って墓前礼拝を持ち、そこで詩篇23篇を朗読。お墓の前で詩篇を読むのもいい。外国でも詩篇23篇は朗読されている。

「主は私の羊飼い。私には乏しいことがない。」ダビデが歌った詩歌である。絶対的な神に信頼している信仰が描かれている。この世においてだけでなく、死んで後にも御国、天国において主なる神とともにいる。そんな生き方をしたい。よきときを与えてくださった主に感謝している。

|

輸入品が安い

CDをアマゾンを通して注文した。以前よりだいぶ安くなっている。これは円高が影響しているからだと思う。今こそ輸入品が買い時かもしれない。

CDはたいがいワーシップソングで、教会で歌われているものである。アメリカやイギリス、オーストラリアなどで歌われている曲など聞くのだが、日本では手に入れにくい。特にキリスト教関係のものは一般では扱っていない。

韓国に行くと教会が多いし、大きな教会は自分のところにCDや本などを扱うショップを持っている。アメリカでもそうだが、そこにいくとCDやDVDは種類も多い。だからといって外国にはたやすくは行けない。

久しぶりにCDも購入した。新しい曲など知りたいのだが、どんな曲が歌われているのか。日本でも歌われるか。ワーシップソングはゴスペルとは若干ちがう。日本ではクリスチャンでなくてもゴスペルを歌っているが、ワーシップはクリスチャンが賛美として神に歌うのである。

アマゾンで見ていても結構たくさんのCDが出ている。見ていると欲しくなる。いずれまた買うことにしよう。

|

松井秀喜は

日経の春秋によると松井は小さい時からクラシックに親しんだようだ。ピアノを習っており、それで今でもクラシックが大好きでよく聴いているそうだ。

あの大リーグでの活躍とクラシックはどう結びつくのか。ゴジラの遠吠え、あのゴジラの曲が連想されるが、本当はピアノ曲が好きだった。たしかにクラシックは聴いていて落ち着く。ずっと昔から親しまれており、安心できる。

不動の姿勢でどんな球にも対応する松井の心にはクラシックが流れているのかも知れない。ヒーローでありながら派手に喜びを表すこともなく、淡々として塁をかける。何か超越しているようだ。

今後の行き先が気になるところだが、ヤンキースに残れたらベストだろう。しかしまだその確証はない。ヤンキースから離れても彼のスタイルは変わることはない。ここぞという時に頼りになる存在である。

ひざがよくなれば守りも可能だろうし、まだまだ欠かせない戦力である。もしかしてレッドソックスが手を挙げたりして。ヤンキースのファンにしても気になるところであろう。

|

淘汰される

政権交代したからだけではないが、公共工事頼みの地方においては寒い季節を迎えている。コンクリートより人へというフレーズに、確かに変化を感じる。

地方では工事が出るのが9月以降となる。そして翌年の3月まで仕事がある。4月からは暇なのだが、工事に従事するのは地方の兼業農家の人が多い。人夫という人たちはたいていが農家の人である。

春から夏にかけては農作業が忙しい。忙しい時には農業に勤しみ、農閑期になると土木の会社に雇ってもらう。それでなんとか生計を立てているのだが、農業も最近はきびしい。土木の工事もなくなってしまえば生活はかなり苦しくなる。

公共工事もあることはあるが、地方には多すぎるほど土木の会社がある。それも小規模の会社である。競合して、力がなければ脱落する。何とかそれぞれに少しでも仕事があったときはやっていけたが、今は小さな工事でも、中堅会社が入札に参加し、もっと競争は厳しいものとなっている。

本当に地方で生きるには、産業を考えないといけないだろう。日本全体が今は活力がなくなっている。やはり政治の力で雇用と、景気回復する手を打たないとますます疲弊してくるばかり。現実に身近にそのような波が押し寄せている。

|

まだ若いのに

近所の方が亡くなった。突然、葬儀の看板が立てられていたので、まさかと見直した。それでもやはり間違いなかった。60に満たないのになんでだろう。

ある人に聞いたらガンだったそうだ。最近まで元気そうで仕事を朝早くからやっておられたのに、信じられない。病気だと聞いていなかったので、看板を見たときは事故でもあったのかと思った。

どんな人でもいつか必ず死はやってくる。それはわかっているが、これには順番と言う秩序はない。年の順にとはいかないのだ。若くてもはやりの病で倒れることもある。新型インフルエンザで急に熱があがり、見ているうちに息を引き取る。なす術なしである。

死は一瞬にやってくることもあれば、じわじわやってくることもある。だれだって望むものではない。来て欲しくない。死にたくはない。

聖書には「人は一度死ぬことと、死んだ後にさばかれる」と書いてある。死も恐いが、死んだ後のさばきはどれだけ恐怖だろう。さばかれないためには、永遠のいのちを得ることである。そのためには、自分の罪のために十字架にかかり死んでくださった主イエス・キリストを信じることである。若かろうと、そうでなかろうと、死は確実にやってくる。備えは早いほうがいいのである。

|

冷えてきた

寒気が流れてきたのだろう、今朝はすごく寒かった。鹿児島で寒いのだから北の国はもっと寒かったにちがいない。北海道、東北、北陸と雪マークだったが、雪が降ったのではないか。

11月は天候が急変する。昨日は風が強く、それで海も荒れたようだ。今日の空は青空で気持ちがいいくらい晴れ渡っている。本当に天候はわからない。

秋の夜長ともいうが、夜も長いし読書の時間が持てる。ある人が、最近本を読んで涙を流したことがあるか、と聞いていた。はて、どうだろう。本そのものをあんまり読まなくなった。それでも感動的な内容であれば目頭が熱くなる。涙も出る。

もっとためになる本を読むべきだろう。本屋に行き、手にしてもよほどのことがないと買わない。どうしても欲しい本であれば、アマゾンなどで買ってしまう。

買うのがなんだったら、図書館に行けばいいのだが、わざわざ行くのもと、つい思ってしまう。町の図書館は蔵書も少ないし、読みたいものがあまりない。県の図書館は遠すぎる。

それでも聖書だけは読んでいる。11月は聖書読書月間と決めて読んでいる。普通の本のようにすらすらとページをめくれない。二段組になっており、行もつまっている。1ページ読むのに結構時間がかかる。それでも読書の秋である。目標のところまで読み進みたい。

|

韓国岳

霧島連山の一つで登山コースになっている韓国岳だが、ここで家族で登山をしていた小5の男児が行方不明となってしまった。昨日も多くの人を動員して捜索したが天候が悪く、視界が数メートルだったために早々に打ち切りとなってしまった。

そして今日の明け方から捜索は再開されたが、残念なことに発見されたときには心配停止状態だった。そして病院で死亡が確認された。

登山していた時には気候もよかった。しかしその後天候は悪くなり、おまけに上空には寒気がやって来た。寒さと雨にぬれて体温が下がったか、あるいは足を滑らせてしまい、動けなくなったか。いずれにしても最悪な結果となってしまった。

父親が昨夜会見で語っていたが、あと一日がんばってくれ、明日には見つかるから・・・。こんなかたちで見つかるなんて想像もしていなかっただろうに、本当に残念である。おそらく初めてではないだろうが、気軽に登れる山という油断もあったかもしれない。

いざということも考えて、着る物や食べ物、はぐれた時の対応の仕方など準備しておけば結果も違ったと思うが、今は結果論となるだけでせん無いことか。親御さんが一番ショックを受けているだろう。かわいそう過ぎる。

|

ウェディング

11月に入った。11月は日曜日が多い。今日は11月1日と1が三つも並ぶこともあって、今日を結婚式にというカップルもある。午前中、一組の結婚式の司式を行なった。本当だったらガーデンウェディングとなるはずだったが、天気予報は雨となっていた。

こういうときは天気予報は当たるものだ。朝は夜中のうちに降っていたようで、起きた時には水がたまっていた。けれども雨は止んでいた。もしかしたら、このまま晴れてくれるかも、と淡い期待を抱いたのだが、ほどなくしてしょぼしょぼと雨が降り出した。やっぱり雨かア。

時間より一時間前に式場に行った。そのときは雨は止んでおり、そのときももしやと期待したが、すでに外では行わないとなっていた。準備していたらぱらぱらと降り始め、式が始まるころは土砂降りとなった。これでは無理だ。あきらめがついた。

外での式は天気次第なので判断がむつかしい。鹿屋にはバラ園があって、今はきれいにバラが咲いている。そのバラ園での式がときどき行なわれる。一度だけ司式をさせてもらったが、バラ園に来ている人たちも見物して楽しい雰囲気である。その日は天候もよかったからいいのだが、今日みたいだったらできない。

せっかくその日に、その場所でと二人が願ってもかなえられないこともあるのだ。今日も外ではできなかったが、チャペルの中で落ち着いた式となったからよかったと思っている。

|

散髪

久しぶりに散髪に出かけた。身だしなみも大事と妻に言われ、そのとおりと思うのだが、他人に髪をいじられるのがあんまり好きではないので、なるたけ延ばし、延ばししていた。それで、いつも3ヶ月くらいして散髪に行くのである。

散髪屋さんもおとなしく髪だけ切ってくれればいいのだが、黙って過ごすのもいけないと思うのか、「今日は雲ってきましたね。風がでてきましたねえ」「明日は雨になるらしいですね」一応、こちらも応答していかないと悪い気がする。

今日は土曜日だから結構込んで時間がかかるのかもしれん、と覚悟して行ったら、誰も先客なし。入っていったらあわてて、「どうぞ、こちらへ」と勧められた。なんで客が少ないんだろ。

それよりか、すぐに散髪してもらえたのでラッキーと思った。髪を切ってもらっているとお客がひとり、ふたりと入って来られた。タイミングがよかったということか。長くなった髪を短くしてもらってさっぱりとした。明日は礼拝、結婚式と行なわれる。準備はこれでよし。

|

«薄型テレビ